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からっぽの天宮に神さまがひとり
あの戦が終わって、幾星霜の月日が流れただろう。
太郎太刀は天上で独り現世を見下ろしていた。白い衣は、かつての主だった彼女から賜ったもの。穢れを知らない白のように見えて、己や敵の返り血を幾度も浴びている過去を、太郎太刀は知っている。
「……静かなものですね。向こうでは、仲間たちが大勢いたというのに」
太郎太刀のいる天上は、真っ白な水面の上に立っているかのように、静かで果てがない。兄弟刀の次郎太刀もここにはいない。ここは太郎太刀だけがおわす神域だからだ。天上にいけば次郎太刀だけでなく、刀剣男士はじめ様々な神々と会うことができる。けれど、太郎太刀はあえて孤独を選んだ。
待ち人が、いるからだ。
しん、と神域の中は静まり返っている。
太郎太刀はゆっくりと一歩踏み出す。
足元に見える現世は、人と人工物だらけで、太郎太刀にとって快適な世界とはいいがたい。それでも太郎太刀は現世を見るのをやめない。
「無茶な約束をしたものです」
太郎太刀は苦笑する。
「あなたは私のことが好きだと言った。お気持ちは嬉しかった。ですが、私はかつて妖で今では神です。『私に恋い焦がれるなどどうなっても知りませんよ』と私は伝えたはずです」
太郎太刀は現世から視線を外し、つ、と神域を見上げる。そこは果てしない『白』の世界、光の膜がどこまでも続いている。
「ですがあなたは決して諦めませんでしたね。だから私も神に愛された人間の末路を、情け容赦なくお伝えしました。名と魂を付喪神に明け渡すことで、とこしえの運命を共にすることになると」
太郎太刀は一歩一歩ゆっくりと歩み出す。まるで誰かを迎えに行くかのように。
「私の説明を聞いてあなたが言ったことを、今でも覚えています。『そんなの人間だって同じじゃない。健やかなるときも病めるときも墓に入るまで一緒なんだから』と」
くすりと太郎太刀が顎に手を当てて笑う。
「私や次郎太刀に石切丸、蛍丸、祢々切丸総出で諦めるよう説得したにも関わらず、一向に折れなかったあなたに、私たちは約束しましたね。『もしもこの戦が終わってもあなたの気持ちが変わらないようであれば、私の神域にご招待しますよ』と」
太郎太刀が一歩一歩踏み出すたびに、地面がミルク色に波立つ。
「次郎太刀や石切丸たちは、あなたが折れることを願った。そして私は……」
光と白しかなかった空間に、突如さあ……と爽やかな風が吹き込む。
「私はどうやら賭けに勝ったようです。ようこそ、歓迎しますよ」
逆光を浴びながら、セーラー服姿の小柄な少女が静かに立ち尽くしていた。
そんな彼女に太郎太刀は、次郎太刀にだって見せたことのない優しい笑顔を浮かべた。
「私の、最後の主」
#太郎太刀夢 #夢小説
あの戦が終わって、幾星霜の月日が流れただろう。
太郎太刀は天上で独り現世を見下ろしていた。白い衣は、かつての主だった彼女から賜ったもの。穢れを知らない白のように見えて、己や敵の返り血を幾度も浴びている過去を、太郎太刀は知っている。
「……静かなものですね。向こうでは、仲間たちが大勢いたというのに」
太郎太刀のいる天上は、真っ白な水面の上に立っているかのように、静かで果てがない。兄弟刀の次郎太刀もここにはいない。ここは太郎太刀だけがおわす神域だからだ。天上にいけば次郎太刀だけでなく、刀剣男士はじめ様々な神々と会うことができる。けれど、太郎太刀はあえて孤独を選んだ。
待ち人が、いるからだ。
しん、と神域の中は静まり返っている。
太郎太刀はゆっくりと一歩踏み出す。
足元に見える現世は、人と人工物だらけで、太郎太刀にとって快適な世界とはいいがたい。それでも太郎太刀は現世を見るのをやめない。
「無茶な約束をしたものです」
太郎太刀は苦笑する。
「あなたは私のことが好きだと言った。お気持ちは嬉しかった。ですが、私はかつて妖で今では神です。『私に恋い焦がれるなどどうなっても知りませんよ』と私は伝えたはずです」
太郎太刀は現世から視線を外し、つ、と神域を見上げる。そこは果てしない『白』の世界、光の膜がどこまでも続いている。
「ですがあなたは決して諦めませんでしたね。だから私も神に愛された人間の末路を、情け容赦なくお伝えしました。名と魂を付喪神に明け渡すことで、とこしえの運命を共にすることになると」
太郎太刀は一歩一歩ゆっくりと歩み出す。まるで誰かを迎えに行くかのように。
「私の説明を聞いてあなたが言ったことを、今でも覚えています。『そんなの人間だって同じじゃない。健やかなるときも病めるときも墓に入るまで一緒なんだから』と」
くすりと太郎太刀が顎に手を当てて笑う。
「私や次郎太刀に石切丸、蛍丸、祢々切丸総出で諦めるよう説得したにも関わらず、一向に折れなかったあなたに、私たちは約束しましたね。『もしもこの戦が終わってもあなたの気持ちが変わらないようであれば、私の神域にご招待しますよ』と」
太郎太刀が一歩一歩踏み出すたびに、地面がミルク色に波立つ。
「次郎太刀や石切丸たちは、あなたが折れることを願った。そして私は……」
光と白しかなかった空間に、突如さあ……と爽やかな風が吹き込む。
「私はどうやら賭けに勝ったようです。ようこそ、歓迎しますよ」
逆光を浴びながら、セーラー服姿の小柄な少女が静かに立ち尽くしていた。
そんな彼女に太郎太刀は、次郎太刀にだって見せたことのない優しい笑顔を浮かべた。
「私の、最後の主」
#太郎太刀夢 #夢小説
『隣の君は肩を濡らして』 #長谷部夢#夢小説
雨が、降っている。
しとしとと続く雨空をへし切長谷部は見上げていた。今日の彼は平素のカソック姿ではなく、黒スーツ姿だ。彼の本体である打刀は左手に携えてある。
彼の主である審神者の親類が亡くなり、現世で葬儀が行われることとなった。告別式に主が出席するため、長谷部は護衛として同席しているのだ。
長谷部が見たこともないような洋風の家屋に響く読経や坊主の袈裟姿は、どこか場違いのように感じられた。
葬儀は進み、やがて主に焼香の番が回ってきた。主はすっと立ち上がり、慣れない手つきで焼香を済ませる。続いて長谷部も立ち上がり、焼香を済ませる。線香の香りが鼻を掠めた。
あらかたの参列者が焼香を終えると、死者の棺は釘打ちが行われる。これで二度と肉体を持った死者と触れることはできなくなる。参列者の中からすすり泣く声が響いた。
そして棺は葬儀会社の人間によって、霊柩車へ納められる。火葬場へと運ばれていくのだろう。
長谷部はその様子を、じっと見つめていた。
「じゃあ帰ろうか」
長谷部の隣にいた主が口を開いた。
「よろしいのですか? まだ収骨が残っておりますが……」
葬儀の場にふさわしくないあっけらかんとした主の様子に、長谷部は戸惑う。今回二人が参列した葬儀は、主の近親者のものだ。だから長谷部はてっきり式後も残って遺族と主は思い出話に花を咲かせるのだろうと思っていた。
「ううん、いいの。ちょっとお茶していかない?」
しかし長谷部の言葉に主は首を横に振った。最初からそのつもりだったらしい。
「はあ……」
長谷部は戸惑いながらも、故人の家屋から辞することにした。雨が降り続いていたため、長谷部は持参していたビニール傘をぽんと開く。主は逡巡する様子を見せた後、するりと長谷部の腕に自分の腕を絡ませて、強引に傘に入ってきた。
「あ、主。故人の目がありますよ」
「いいんだって」
長谷部の静止を物ともせず、主はさっさと街へと繰り出すのだった。
主はすぐに関心のあるものを見つけてはふらふらと傘の外に出て行ってしまうので、その度に彼女の肩は濡れるのだった。
場所は変わって静かなジャズが響くカフェ。そこのテーブル席で喪服姿の二人は、コーヒーを飲んでいた。
冷たい雨に曝された身体に、暖かいコーヒーが沁み渡る。
「主、本当によろしかったのですか? 最期までおられなくて」
「いいんだよ」
主は素知らぬ顔でコーヒーをすする。
そんな主の顔を見て、長谷部は気が付いた。これは無理をしている時の顔だと。
「出過ぎたことかもしれませんが、申し上げます。主はとても心根のお優しい方です。ですのに故人を弔おうとしないご様子が、俺には不思議に思えてならないのです」
「弔ったじゃん。さっき」
ぞんざいな口調で主が言う。ちゃんとお焼香もあげたしさ、とぼやく。
「でもま、長谷部になら言ってもいいかな」
「俺になら……」
長谷部はその言葉に居住まいを正す。すると主が「そんなにかしこまって聞くような話じゃないって」と手を振ってみせた。
「あのね、今日死んだ奴は私にとって身内だったけど、いつも私と兄を比べていたの。人懐っこくて活発な兄は可愛がって、引っ込み思案な私は兄のおまけ扱い。兄の誕生日プレゼントは買っていたけど、私には『何か欲しいものはあるか』って聞いたくせに、私が答えると『欲しかったら自分で買え』なんて言う奴なの。子供の頃はわからなかったけど、大きくなるにつれて大っ嫌いになった」
主はコーヒーを流し込み、さらに続ける。
「そのくせたまに顔を合わせれば、私の良き理解者面をするから、本当に気持ち悪かった。許せなかった。そんな奴の葬儀に、最後まで付き合う義理があると思う?」
静かに、けれど怒りの感情を込めた言葉の数々に、長谷部は悲しくなった。
自分の言葉に即答しない長谷部に、主は気まずくなりコーヒーカップを持ち上げたが、あいにくと空になっていた。渋々とコーヒーカップをソーサーの上に戻す。
「主は」
「うん」
「本当はその方にお兄様ではなくご自分を愛してほしかったのですね」
「……!」
長谷部の言葉に主は目を丸くする。
「そんなわけっ!」
「俺にはわかります。お兄様の陰に隠れて成長されたことは、さぞお辛かったでしょう」
「……わかんないよ、そんなこと」
主は顔を俯け、ぐずっと鼻をすする。
「でも……こんなこと言ったら長谷部は怒るかもしれないけどさ」
「なんでもおっしゃってください」
長谷部が優しい声音でそう言うと、主はゆっくりと顔を上げた。
「私にとって、あの身内は長谷部にとっての信長公みたいなものなんだと思う」
「左様でしたか」
長谷部は静かに目を閉じ、コーヒーを飲む。
「怒らないの?」
「いいえ。恐らく俺が今の主に共鳴しているのは、きっと過去の俺と似ていたからかもしれないと思いましたので」
「そっか」
主は空になったカップのふちを指でなぞりながら、呟く。
「私ね、身内には複雑な感情を抱えているけど、身内達さえ死ねばこの懊悩も終わると思っていた。でも、そうじゃないんだね。自分の無念や怒りや悲しみをぶつける相手がいなくなっちゃうから、生涯この気持ちは背負わなきゃいけないんだね」
「お苦しいですね」
「うん。正直、辛い」
長谷部の言葉で主は素直に自分の気持ちを正直に告白できた。そんな主を長谷部は穏やかな瞳で見守る。
「俺が信長の死を知ったのは、如水様と羽柴秀吉の密会の場でした」
「ああ……本能寺の変の直後だったんだ」
「ええ」
長谷部はカップを持ち上げ、最後の一口を飲み下す。
「それでその時の長谷部はどうしたの?」
上下する喉仏を見ながら、主は問うた。
「あの当時の俺は織田家と黒田家の間で揺れておりました。まだ如水様にお仕えする覚悟ができていなかったのです。そんな折に如水様と秀吉の元に、訃報が届いたのです。俺はかえるべき場所を失ったと絶望しました。ですがその時です」
「その時?」
「如水様がおっしゃったのですよ。『信長公亡き今こそ秀吉様が天下を取る絶好の機会です』と」
「ああ、有名なエピソードだね。そこで秀吉が官兵衛におののいたっていう」
「はい。前の主の死に呆然とする俺も、秀吉同様驚愕しました。まさか信長という武将が死去した直後に、天下を取れなどと言うなんて……。俺はとんでもない人間に仕えることになったのだと思いました。あの時です。俺が黒田家に心から仕えようと決意したのは」
「そうだったんだ」
長谷部の独白に、主は興味深そうに聞き入っていた。
「ですからね、主」
「なあに」
「そんなお辛い過去をいつまでもお一人で背負う必要はないのですよ。俺がいるではありませんか」
「……うん」
「俺と貴方は死出の旅路も共にあります。今お聞きした記憶は全て、俺の神域で真っ先に食べて差し上げましょう。ですからどうか、あまり思いつめないで」
「うん。うん」
「貴方の死後は、俺の神域で楽しい記憶だけ反芻しながら過ごしましょう。きっと退屈させませんよ。思い出話に花を咲かせるも良し。二人で閉館した博物館の中を見て回るのもいいですね。たまには日本号や日光と呑みかわすのもいいでしょう」
「えっ、長谷部は私を独占したくて私と結婚したのに、他の刀剣男士と交流していいの?」
「…………それくらいでしたら俺が許可しましょう」
「沈黙が怖い」
「冗談ですよ」
くすくすと二人で笑い合う。
「空いたお皿をお下げ致します」
すると店員が二人の空いたカップを下げに来た。
「あ、すみません」
腕時計を見ると大分遅い時間だ。そろそろ本丸に帰らなければ皆が心配するだろう。
二人は立ち上がり、お会計を済ませて店外へ出ることにした。
夜の闇に紛れるように、雨は降り続けていた。
雨音は激しさを増すばかりだ。
「長谷部」
主が長谷部の腕に自分の腕を絡ませる。主自身も傘を持ってきているが、甘えたいのだろう。
「もっと寄り添ってください。主のお身体が濡れてしまいます」
「わかった」
主の身体が長谷部の腕に密着する。嗅ぎ慣れた甘い香りが長谷部の鼻孔をくすぐる。
長谷部の持つビニール傘は成人男性用だが、二人でさすとなると面積が少し足りない。主が濡れないよう長谷部が傘を傾ける。
雨粒が長谷部の喪服を濡らす。
これでいいと長谷部は思った。
主に仇名す存在は全て排除する。今日の葬儀のこともこの雨も、全ては長谷部自身が引き受ける覚悟だった。
雨が、降っている。
しとしとと続く雨空をへし切長谷部は見上げていた。今日の彼は平素のカソック姿ではなく、黒スーツ姿だ。彼の本体である打刀は左手に携えてある。
彼の主である審神者の親類が亡くなり、現世で葬儀が行われることとなった。告別式に主が出席するため、長谷部は護衛として同席しているのだ。
長谷部が見たこともないような洋風の家屋に響く読経や坊主の袈裟姿は、どこか場違いのように感じられた。
葬儀は進み、やがて主に焼香の番が回ってきた。主はすっと立ち上がり、慣れない手つきで焼香を済ませる。続いて長谷部も立ち上がり、焼香を済ませる。線香の香りが鼻を掠めた。
あらかたの参列者が焼香を終えると、死者の棺は釘打ちが行われる。これで二度と肉体を持った死者と触れることはできなくなる。参列者の中からすすり泣く声が響いた。
そして棺は葬儀会社の人間によって、霊柩車へ納められる。火葬場へと運ばれていくのだろう。
長谷部はその様子を、じっと見つめていた。
「じゃあ帰ろうか」
長谷部の隣にいた主が口を開いた。
「よろしいのですか? まだ収骨が残っておりますが……」
葬儀の場にふさわしくないあっけらかんとした主の様子に、長谷部は戸惑う。今回二人が参列した葬儀は、主の近親者のものだ。だから長谷部はてっきり式後も残って遺族と主は思い出話に花を咲かせるのだろうと思っていた。
「ううん、いいの。ちょっとお茶していかない?」
しかし長谷部の言葉に主は首を横に振った。最初からそのつもりだったらしい。
「はあ……」
長谷部は戸惑いながらも、故人の家屋から辞することにした。雨が降り続いていたため、長谷部は持参していたビニール傘をぽんと開く。主は逡巡する様子を見せた後、するりと長谷部の腕に自分の腕を絡ませて、強引に傘に入ってきた。
「あ、主。故人の目がありますよ」
「いいんだって」
長谷部の静止を物ともせず、主はさっさと街へと繰り出すのだった。
主はすぐに関心のあるものを見つけてはふらふらと傘の外に出て行ってしまうので、その度に彼女の肩は濡れるのだった。
場所は変わって静かなジャズが響くカフェ。そこのテーブル席で喪服姿の二人は、コーヒーを飲んでいた。
冷たい雨に曝された身体に、暖かいコーヒーが沁み渡る。
「主、本当によろしかったのですか? 最期までおられなくて」
「いいんだよ」
主は素知らぬ顔でコーヒーをすする。
そんな主の顔を見て、長谷部は気が付いた。これは無理をしている時の顔だと。
「出過ぎたことかもしれませんが、申し上げます。主はとても心根のお優しい方です。ですのに故人を弔おうとしないご様子が、俺には不思議に思えてならないのです」
「弔ったじゃん。さっき」
ぞんざいな口調で主が言う。ちゃんとお焼香もあげたしさ、とぼやく。
「でもま、長谷部になら言ってもいいかな」
「俺になら……」
長谷部はその言葉に居住まいを正す。すると主が「そんなにかしこまって聞くような話じゃないって」と手を振ってみせた。
「あのね、今日死んだ奴は私にとって身内だったけど、いつも私と兄を比べていたの。人懐っこくて活発な兄は可愛がって、引っ込み思案な私は兄のおまけ扱い。兄の誕生日プレゼントは買っていたけど、私には『何か欲しいものはあるか』って聞いたくせに、私が答えると『欲しかったら自分で買え』なんて言う奴なの。子供の頃はわからなかったけど、大きくなるにつれて大っ嫌いになった」
主はコーヒーを流し込み、さらに続ける。
「そのくせたまに顔を合わせれば、私の良き理解者面をするから、本当に気持ち悪かった。許せなかった。そんな奴の葬儀に、最後まで付き合う義理があると思う?」
静かに、けれど怒りの感情を込めた言葉の数々に、長谷部は悲しくなった。
自分の言葉に即答しない長谷部に、主は気まずくなりコーヒーカップを持ち上げたが、あいにくと空になっていた。渋々とコーヒーカップをソーサーの上に戻す。
「主は」
「うん」
「本当はその方にお兄様ではなくご自分を愛してほしかったのですね」
「……!」
長谷部の言葉に主は目を丸くする。
「そんなわけっ!」
「俺にはわかります。お兄様の陰に隠れて成長されたことは、さぞお辛かったでしょう」
「……わかんないよ、そんなこと」
主は顔を俯け、ぐずっと鼻をすする。
「でも……こんなこと言ったら長谷部は怒るかもしれないけどさ」
「なんでもおっしゃってください」
長谷部が優しい声音でそう言うと、主はゆっくりと顔を上げた。
「私にとって、あの身内は長谷部にとっての信長公みたいなものなんだと思う」
「左様でしたか」
長谷部は静かに目を閉じ、コーヒーを飲む。
「怒らないの?」
「いいえ。恐らく俺が今の主に共鳴しているのは、きっと過去の俺と似ていたからかもしれないと思いましたので」
「そっか」
主は空になったカップのふちを指でなぞりながら、呟く。
「私ね、身内には複雑な感情を抱えているけど、身内達さえ死ねばこの懊悩も終わると思っていた。でも、そうじゃないんだね。自分の無念や怒りや悲しみをぶつける相手がいなくなっちゃうから、生涯この気持ちは背負わなきゃいけないんだね」
「お苦しいですね」
「うん。正直、辛い」
長谷部の言葉で主は素直に自分の気持ちを正直に告白できた。そんな主を長谷部は穏やかな瞳で見守る。
「俺が信長の死を知ったのは、如水様と羽柴秀吉の密会の場でした」
「ああ……本能寺の変の直後だったんだ」
「ええ」
長谷部はカップを持ち上げ、最後の一口を飲み下す。
「それでその時の長谷部はどうしたの?」
上下する喉仏を見ながら、主は問うた。
「あの当時の俺は織田家と黒田家の間で揺れておりました。まだ如水様にお仕えする覚悟ができていなかったのです。そんな折に如水様と秀吉の元に、訃報が届いたのです。俺はかえるべき場所を失ったと絶望しました。ですがその時です」
「その時?」
「如水様がおっしゃったのですよ。『信長公亡き今こそ秀吉様が天下を取る絶好の機会です』と」
「ああ、有名なエピソードだね。そこで秀吉が官兵衛におののいたっていう」
「はい。前の主の死に呆然とする俺も、秀吉同様驚愕しました。まさか信長という武将が死去した直後に、天下を取れなどと言うなんて……。俺はとんでもない人間に仕えることになったのだと思いました。あの時です。俺が黒田家に心から仕えようと決意したのは」
「そうだったんだ」
長谷部の独白に、主は興味深そうに聞き入っていた。
「ですからね、主」
「なあに」
「そんなお辛い過去をいつまでもお一人で背負う必要はないのですよ。俺がいるではありませんか」
「……うん」
「俺と貴方は死出の旅路も共にあります。今お聞きした記憶は全て、俺の神域で真っ先に食べて差し上げましょう。ですからどうか、あまり思いつめないで」
「うん。うん」
「貴方の死後は、俺の神域で楽しい記憶だけ反芻しながら過ごしましょう。きっと退屈させませんよ。思い出話に花を咲かせるも良し。二人で閉館した博物館の中を見て回るのもいいですね。たまには日本号や日光と呑みかわすのもいいでしょう」
「えっ、長谷部は私を独占したくて私と結婚したのに、他の刀剣男士と交流していいの?」
「…………それくらいでしたら俺が許可しましょう」
「沈黙が怖い」
「冗談ですよ」
くすくすと二人で笑い合う。
「空いたお皿をお下げ致します」
すると店員が二人の空いたカップを下げに来た。
「あ、すみません」
腕時計を見ると大分遅い時間だ。そろそろ本丸に帰らなければ皆が心配するだろう。
二人は立ち上がり、お会計を済ませて店外へ出ることにした。
夜の闇に紛れるように、雨は降り続けていた。
雨音は激しさを増すばかりだ。
「長谷部」
主が長谷部の腕に自分の腕を絡ませる。主自身も傘を持ってきているが、甘えたいのだろう。
「もっと寄り添ってください。主のお身体が濡れてしまいます」
「わかった」
主の身体が長谷部の腕に密着する。嗅ぎ慣れた甘い香りが長谷部の鼻孔をくすぐる。
長谷部の持つビニール傘は成人男性用だが、二人でさすとなると面積が少し足りない。主が濡れないよう長谷部が傘を傾ける。
雨粒が長谷部の喪服を濡らす。
これでいいと長谷部は思った。
主に仇名す存在は全て排除する。今日の葬儀のこともこの雨も、全ては長谷部自身が引き受ける覚悟だった。
『憎まれ口が恋しいなんて、呆れたものだと思う』
堀川国広は平素のブレザーから、黒のスーツに身を包んだ。六畳一間の自室に置いてある姿見に自身を写し、おかしいところがないか確認する。彼の目元は淡く朱色になっている。
刀掛けに置かれていた彼の本体である脇差を携え、障子を開け放つ。
「いってきます」
堀川は無人の部屋にそう呟くと、障子を閉じて自室を後にした。
廊下はわずかに湿っていた。今朝は霧雨が降っているようだった。
堀川は本丸の大広間にやってきた。
そこには今代の主である審神者の笑う写真が、大きく飾られていた。そしてその周囲には可憐な花々が飾られている。この本丸の刀剣男士達が昨晩飾り立てた祭壇だ。
ある日の朝、主がいつまでも起きてこないことを不審に思った当日近侍当番だったへし切長谷部が、主の私室へ起こしに行ったところ既に息をしていなかったのだ。主の遺骸は現世の病院に搬送され、死因を調べられることになった。結果は心不全。主はまだ二十代半ばの女性で、死ぬにはあまりに早すぎるものだった。
突然の別れに本丸中の刀剣男士達は悲しみに暮れた。しかしそれだけでは済まなかった。こんのすけを通じて、政府は本丸を閉鎖すること、各刀剣男士は本霊に還るか政府所有になるか選択する必要があることを伝えてきたのだ。
式が始まり、坊主の読経が大広間に響き渡る。刀剣男士達のすすり泣く声が、そこかしこから聞こえる。
最前列の席では、喪服姿の長谷部がうっうっと声を抑えずに泣いている。彼は近侍だった自分が主の異変に気付けなかったことを、悔やんでいるのだ。医師の見解によると主の死は突然のものであり避けられなかった、恐らく眠るように死ねたのではないかとのことだった。けれど責任感が強く、主の一番を渇望していた長谷部にとって、主の異変に気付けずのうのうと眠っていた自分が許せないらしい。
二日前に主が亡くなったばかり。誰もが主の死を悼んでいた。
堀川は主の遺影を見る。生前撮影した新しい刀剣男士を迎えた時に、本丸の皆で撮影した写真を切り取ったもの。
『もうっ、あなたってば全然来てくれなかったんだから。これからこきつかってあげるから、よろしくね!』
新しい刀剣男士は鍛刀キャンペーンで顕現したのだが、なかなか呼び出せずに主はやきもきしていたのだ。目当ての刀剣男士がやってきてくれた記念に本丸の皆で写真を撮ったのだが、その時は誰が主の隣になるかで、喧嘩になったっけと堀川は回想する。ずっと昔のことのように感じるが、まだ一月も経っていない。
これから審神者として活躍するんだって意気込んでいたのに……。堀川は心の中で呟く。
「主さんの、嘘つき」
堀川は正座した膝の上でぎゅっと両手を握った。
「国広」
隣に座っていた和泉守兼定が堀川の肩を、ぽんと小突く。しっかりしろ、と言いたいのだ。
「ありがとう、兼さん」
堀川は遺影を睨みつけたまま、兼定の手をそっと戻した。
式が終わり、坊主が立ち上がった。棺が運び出される。
「主っ、主……!」
黒スーツ姿の長谷部が棺に追いすがる。それを周囲にいた刀剣男士達が押しとどめる。
「主! どうして俺を置いていったのですか! 俺はもっと、貴方と……!」
そこから先は言葉にならなかった。長谷部はその場で頽れた。あああああ……と喉の奥から絞り出すような慟哭が、離れた席で正座する堀川の耳にまで届いた。
堀川はその様子を見てから、すくっと立ち上がった。
「僕達もお見送りに行こうか。兼さん」
「国広、お前……大丈夫か」
「僕なら大丈夫だよ。さ、行こう」
「国広、お前本当は主とデキてたんだろ」
「えっ」
堀川は驚愕に目を見張る。確かに堀川と亡くなった主は恋愛関係にあった。しかし本丸の中では秘匿していた。主自身がえこひいきに繋がらないようにという配慮からだった。だから近侍は日替わり制にしていたし、堀川と主の逢瀬も極力本丸の外で行われていた。
「その指輪、主と揃いのものだろう?」
兼定が堀川の薬指に嵌められた指輪を指差す。
「そ、それは……」
堀川は慌てて指輪を覆い隠す。
この指輪は決して高価な物ではない。以前万事屋街で行われた縁日の屋台で売られていたものだ。
『わあ、この花の指輪可愛い!』
主と二人で屋台を冷やかしていたところ、主の目に指輪が留まったのだ。
『この花言葉はなぁ、久遠の愛情っていうんだ。お二人さんにお似合いだよ。今ならお安くしとくぜ』
店主の二つセットなら安くするという言葉に惹かれて、主は指輪を二つ買ったのだ。購入した指輪を早速自分の薬指に嵌め、そして堀川に向き直り膝を折った。
『これを堀川様に……。久遠の愛情をあなたに誓います』
そう言うと主はまるで騎士のように、堀川の薬指に指輪を嵌めた。
『主さん、普通は逆でしょう! もうっ、僕が嵌めてあげるから指輪外してください』
『いいじゃんいいじゃん! 堀川は可愛いんだから』
『だから可愛いって言うのは禁止ですっ』
『あはは、ごめんごめん。でもね……』
久遠の愛情を誓っているのはホントだよ、と主は笑った。
堀川は主の肩を掴み、ぐっと顔を寄せて強引に唇を重ねる。驚いて息を呑んだ主の唇を割り開き、舌と舌を絡ませる。
慌てて堀川の胸を叩く主に、堀川はそっと唇を離した。二人の間を透明な糸がつうと伝う。
『僕も、主さんに久遠の愛情を誓います』
堀川が真顔で主に囁くと、主は首筋まで真っ赤にさせた。
ドン、ドンと大きな音がした。
主の背後で花火が上がっているのが見える。夏祭りの花火大会が始まったのだ。
『堀川、早く行っていい席取ろう!』
『はいっ』
主と堀川は手を繋ぎ、良い場所を取ろうと走り出す。
二人の手は先程のキスの余韻ですっかり熱くなっていた。
「兼さん、いつから気付いていたの?」
堀川は指輪をさすりながら、兼定に問いかける。
「なんとなーくな。いつかは覚えてねえよ。主とお前の様子が妙によそよそしいなと思ったら、揃いの指輪をつけだしてたから、もしかしたらと思っただけさ」
兼定はそっぽを向いてがりがりと頭を搔く。その言葉は堀川にとって完全に図星だった。
「そっか……」
堀川はほっと息を吐く。
「主さん、僕と付き合うようになってから、ずっと僕との関係でえこひいきに繋がらないか心配していたんだ。だから、そうじゃないならよかった」
「えこひいき? そんなの俺達の主には無縁の言葉だろ。曲者ぞろいの俺達と平等に接していた審神者なんて、そういないぜ」
「それを聞いたら、主さんもきっと喜ぶよ」
堀川と兼定が連れ立って大広間を出る。
すると先程まで降っていた霧雨はいつの間にか止んでいて、晴れ渡る空に虹がかかっていた。
「泣いた烏がもう笑ったな」
兼定が眩しそうに空を見上げる。
「主さんって僕と付き合うようになってからも、僕のことを男扱いしないっていうか、いつも『可愛い』『可愛い』って言っていたんだ。本当は頼りになるとか格好いいとか言われたかったけど……」
主は生前よく堀川の隣に立っては、自分の方がやや背が高いことを自慢していた。ヒールのある靴を履いて二人で出かける度、『堀川は可愛いねー』と頭を撫でまわしていた。
「あの主がか?」
兼定が驚いた様子で堀川を振り返る。
「うん。主さんって弟が欲しかったみたいで、僕をよく弟扱いしてたよ。現世で僕の正体がバレそうになった時なんて、僕を『弟なんです』なんて言ってさ」
堀川も兼定を真似して空を見上げる。鮮やかな虹が眩しかった。
「そうだったのか……」
「でも、あの憎まれ口がもう聞けないんだね。なんだか寂しいな」
「お前、主と契ってはなかったのかよ」
兼定の問いに堀川は首を横に振る。
「ううん、僕達はそういう関係になっていなかった。僕も現状の関係に満足していたし……。ただね、名前くらいは聞いておけばよかったなあ」
堀川は空を見上げながら言う。
「こんな時、名前を呼んで寂しがることもできないなんてさ」
堀川の頬を透明な粒が零れる。
涙は昨晩までに流し切ったはずなのにおかしいな、と堀川は思った。
#堀川夢#夢小説
堀川国広は平素のブレザーから、黒のスーツに身を包んだ。六畳一間の自室に置いてある姿見に自身を写し、おかしいところがないか確認する。彼の目元は淡く朱色になっている。
刀掛けに置かれていた彼の本体である脇差を携え、障子を開け放つ。
「いってきます」
堀川は無人の部屋にそう呟くと、障子を閉じて自室を後にした。
廊下はわずかに湿っていた。今朝は霧雨が降っているようだった。
堀川は本丸の大広間にやってきた。
そこには今代の主である審神者の笑う写真が、大きく飾られていた。そしてその周囲には可憐な花々が飾られている。この本丸の刀剣男士達が昨晩飾り立てた祭壇だ。
ある日の朝、主がいつまでも起きてこないことを不審に思った当日近侍当番だったへし切長谷部が、主の私室へ起こしに行ったところ既に息をしていなかったのだ。主の遺骸は現世の病院に搬送され、死因を調べられることになった。結果は心不全。主はまだ二十代半ばの女性で、死ぬにはあまりに早すぎるものだった。
突然の別れに本丸中の刀剣男士達は悲しみに暮れた。しかしそれだけでは済まなかった。こんのすけを通じて、政府は本丸を閉鎖すること、各刀剣男士は本霊に還るか政府所有になるか選択する必要があることを伝えてきたのだ。
式が始まり、坊主の読経が大広間に響き渡る。刀剣男士達のすすり泣く声が、そこかしこから聞こえる。
最前列の席では、喪服姿の長谷部がうっうっと声を抑えずに泣いている。彼は近侍だった自分が主の異変に気付けなかったことを、悔やんでいるのだ。医師の見解によると主の死は突然のものであり避けられなかった、恐らく眠るように死ねたのではないかとのことだった。けれど責任感が強く、主の一番を渇望していた長谷部にとって、主の異変に気付けずのうのうと眠っていた自分が許せないらしい。
二日前に主が亡くなったばかり。誰もが主の死を悼んでいた。
堀川は主の遺影を見る。生前撮影した新しい刀剣男士を迎えた時に、本丸の皆で撮影した写真を切り取ったもの。
『もうっ、あなたってば全然来てくれなかったんだから。これからこきつかってあげるから、よろしくね!』
新しい刀剣男士は鍛刀キャンペーンで顕現したのだが、なかなか呼び出せずに主はやきもきしていたのだ。目当ての刀剣男士がやってきてくれた記念に本丸の皆で写真を撮ったのだが、その時は誰が主の隣になるかで、喧嘩になったっけと堀川は回想する。ずっと昔のことのように感じるが、まだ一月も経っていない。
これから審神者として活躍するんだって意気込んでいたのに……。堀川は心の中で呟く。
「主さんの、嘘つき」
堀川は正座した膝の上でぎゅっと両手を握った。
「国広」
隣に座っていた和泉守兼定が堀川の肩を、ぽんと小突く。しっかりしろ、と言いたいのだ。
「ありがとう、兼さん」
堀川は遺影を睨みつけたまま、兼定の手をそっと戻した。
式が終わり、坊主が立ち上がった。棺が運び出される。
「主っ、主……!」
黒スーツ姿の長谷部が棺に追いすがる。それを周囲にいた刀剣男士達が押しとどめる。
「主! どうして俺を置いていったのですか! 俺はもっと、貴方と……!」
そこから先は言葉にならなかった。長谷部はその場で頽れた。あああああ……と喉の奥から絞り出すような慟哭が、離れた席で正座する堀川の耳にまで届いた。
堀川はその様子を見てから、すくっと立ち上がった。
「僕達もお見送りに行こうか。兼さん」
「国広、お前……大丈夫か」
「僕なら大丈夫だよ。さ、行こう」
「国広、お前本当は主とデキてたんだろ」
「えっ」
堀川は驚愕に目を見張る。確かに堀川と亡くなった主は恋愛関係にあった。しかし本丸の中では秘匿していた。主自身がえこひいきに繋がらないようにという配慮からだった。だから近侍は日替わり制にしていたし、堀川と主の逢瀬も極力本丸の外で行われていた。
「その指輪、主と揃いのものだろう?」
兼定が堀川の薬指に嵌められた指輪を指差す。
「そ、それは……」
堀川は慌てて指輪を覆い隠す。
この指輪は決して高価な物ではない。以前万事屋街で行われた縁日の屋台で売られていたものだ。
『わあ、この花の指輪可愛い!』
主と二人で屋台を冷やかしていたところ、主の目に指輪が留まったのだ。
『この花言葉はなぁ、久遠の愛情っていうんだ。お二人さんにお似合いだよ。今ならお安くしとくぜ』
店主の二つセットなら安くするという言葉に惹かれて、主は指輪を二つ買ったのだ。購入した指輪を早速自分の薬指に嵌め、そして堀川に向き直り膝を折った。
『これを堀川様に……。久遠の愛情をあなたに誓います』
そう言うと主はまるで騎士のように、堀川の薬指に指輪を嵌めた。
『主さん、普通は逆でしょう! もうっ、僕が嵌めてあげるから指輪外してください』
『いいじゃんいいじゃん! 堀川は可愛いんだから』
『だから可愛いって言うのは禁止ですっ』
『あはは、ごめんごめん。でもね……』
久遠の愛情を誓っているのはホントだよ、と主は笑った。
堀川は主の肩を掴み、ぐっと顔を寄せて強引に唇を重ねる。驚いて息を呑んだ主の唇を割り開き、舌と舌を絡ませる。
慌てて堀川の胸を叩く主に、堀川はそっと唇を離した。二人の間を透明な糸がつうと伝う。
『僕も、主さんに久遠の愛情を誓います』
堀川が真顔で主に囁くと、主は首筋まで真っ赤にさせた。
ドン、ドンと大きな音がした。
主の背後で花火が上がっているのが見える。夏祭りの花火大会が始まったのだ。
『堀川、早く行っていい席取ろう!』
『はいっ』
主と堀川は手を繋ぎ、良い場所を取ろうと走り出す。
二人の手は先程のキスの余韻ですっかり熱くなっていた。
「兼さん、いつから気付いていたの?」
堀川は指輪をさすりながら、兼定に問いかける。
「なんとなーくな。いつかは覚えてねえよ。主とお前の様子が妙によそよそしいなと思ったら、揃いの指輪をつけだしてたから、もしかしたらと思っただけさ」
兼定はそっぽを向いてがりがりと頭を搔く。その言葉は堀川にとって完全に図星だった。
「そっか……」
堀川はほっと息を吐く。
「主さん、僕と付き合うようになってから、ずっと僕との関係でえこひいきに繋がらないか心配していたんだ。だから、そうじゃないならよかった」
「えこひいき? そんなの俺達の主には無縁の言葉だろ。曲者ぞろいの俺達と平等に接していた審神者なんて、そういないぜ」
「それを聞いたら、主さんもきっと喜ぶよ」
堀川と兼定が連れ立って大広間を出る。
すると先程まで降っていた霧雨はいつの間にか止んでいて、晴れ渡る空に虹がかかっていた。
「泣いた烏がもう笑ったな」
兼定が眩しそうに空を見上げる。
「主さんって僕と付き合うようになってからも、僕のことを男扱いしないっていうか、いつも『可愛い』『可愛い』って言っていたんだ。本当は頼りになるとか格好いいとか言われたかったけど……」
主は生前よく堀川の隣に立っては、自分の方がやや背が高いことを自慢していた。ヒールのある靴を履いて二人で出かける度、『堀川は可愛いねー』と頭を撫でまわしていた。
「あの主がか?」
兼定が驚いた様子で堀川を振り返る。
「うん。主さんって弟が欲しかったみたいで、僕をよく弟扱いしてたよ。現世で僕の正体がバレそうになった時なんて、僕を『弟なんです』なんて言ってさ」
堀川も兼定を真似して空を見上げる。鮮やかな虹が眩しかった。
「そうだったのか……」
「でも、あの憎まれ口がもう聞けないんだね。なんだか寂しいな」
「お前、主と契ってはなかったのかよ」
兼定の問いに堀川は首を横に振る。
「ううん、僕達はそういう関係になっていなかった。僕も現状の関係に満足していたし……。ただね、名前くらいは聞いておけばよかったなあ」
堀川は空を見上げながら言う。
「こんな時、名前を呼んで寂しがることもできないなんてさ」
堀川の頬を透明な粒が零れる。
涙は昨晩までに流し切ったはずなのにおかしいな、と堀川は思った。
#堀川夢#夢小説
私の山姥切長義の解釈が変わってしまったことから、途中で提出します!すみません!
彼女と出会ったのは偶然だった。
山姥切長義は政府所属の刀剣男士として、現世の施設で働いていた。
ある時とある本丸が通信を断ったとのことで長義が現地調査に赴いたところ、本丸はひどい有様だった。現世と本丸を繋ぐ城門は破壊され、家屋や畑は踏み荒らされ、破壊の限りを尽くされていた。時間遡行軍による襲撃を受けたのだ。不幸なことにその本丸の審神者は襲撃によって死亡していたため、長義は遺骸を回収し政府施設に帰還した。
「あなた、あなたぁあ!」
政府の施設で審神者の遺骸を収容していると、妙齢の女性が取り乱した様子で現れた。そして刀傷でずたずたになった遺体を前にして、わっと泣き崩れ取りすがった。
「彼女は?」
長義は近くに控えていた役人に問うと、
「彼の奥方様です」
と悲痛な面持ちで役人は答えた。
身も世もなく号泣する女の声を聞きながら、長義は報告書を作成するためにその場を辞した。
襲撃で命を落とした審神者の葬儀は、政府主催で行われた。
その式に長義も参列していた。普段着慣れない黒のスーツは、政府から頂戴したものだ。長義の他にも刀剣男士達が多数参列していた。後の調査で分かったことだが、本丸の四部隊が全て出払ったタイミングで、時間遡行軍は奇襲をかけていたらしく、主力部隊は主君を守ることすらできずに帰還したらしい。それも城門が破壊されていたため、本丸の惨状を知るのに大分時間がかかったという。
遺族の席に、審神者の奥方がいた。
目元は赤いものの凛として前を向いている。どうやら夫である審神者の遺影を見つめているようだった。
焼香をする参列者達に頭を下げて礼を言うその姿は、気丈だった。
黒い喪服姿の彼女のうなじは、まるで白く照らされているようで、長義の目にはなまめかしく映った。
審神者の遺体は火葬され、お骨をひとかけらも残すことなく収骨された。
故人を偲ぶ会が行われている中、審神者の刀剣男士達を長義は呼び集めていた。
皆が目元を赤くさせ、意気消沈している中、長義は口火を切った。
「お前達の審神者は死去した。本丸も存続不可能なほどの壊滅的な打撃を受けている。よってお前達は本霊へ還るか、政府所有の刀になるかを選択する必要がある」
そんな長義に祢々切丸が手を挙げた。
「それはつまり我らの本丸を取り潰すということか?」
「穏やかではありませんね」
隣にいた太郎太刀も同調する。長義の言葉にざわめきが広がっていく。
当然だ。彼らは自分達の主の仇を討つことも許されず、政府の犬になるか死ねと言われているも同然なのだから。長義は政府所属の刀剣男士として、こういった場面に何度も直面してきた。そう、何度も。