からっぽの天宮に神さまがひとり あの戦が終わって、幾星霜の月日が流れただろう。 太郎太刀は天上で独り現世を見下ろしていた。白い衣は、かつての主だった彼女から賜ったもの。穢れを知らない白のように見えて、己や敵の返り血を幾度も浴びている過去を、太郎太刀は知っている。「……静かなものですね。向こう(本丸)では、仲間たちが大勢いたというのに」 太郎太刀のいる天上は、真っ白な水面の上に立っているかのように、静かで果てがない。兄弟刀の次郎太刀もここにはいない。ここは太郎太刀だけがおわす神域だからだ。天上にいけば次郎太刀だけでなく、刀剣男士はじめ様々な神々と会うことができる。けれど、太郎太刀はあえて孤独を選んだ。 待ち人が、いるからだ。 しん、と神域の中は静まり返っている。 太郎太刀はゆっくりと一歩踏み出す。 足元に見える現世は、人と人工物だらけで、太郎太刀にとって快適な世界とはいいがたい。それでも太郎太刀は現世を見るのをやめない。「無茶な約束をしたものです」 太郎太刀は苦笑する。「あなたは私のことが好きだと言った。お気持ちは嬉しかった。ですが、私はかつて妖で今では神です。『私に恋い焦がれるなどどうなっても知りませんよ』と私は伝えたはずです」 太郎太刀は現世から視線を外し、つ、と神域を見上げる。そこは果てしない『白』の世界、光の膜がどこまでも続いている。「ですがあなたは決して諦めませんでしたね。だから私も神に愛された人間の末路を、情け容赦なくお伝えしました。名と魂を付喪神に明け渡すことで、とこしえの運命を共にすることになると」 太郎太刀は一歩一歩ゆっくりと歩み出す。まるで誰かを迎えに行くかのように。「私の説明を聞いてあなたが言ったことを、今でも覚えています。『そんなの人間だって同じじゃない。健やかなるときも病めるときも墓に入るまで一緒なんだから』と」 くすりと太郎太刀が顎に手を当てて笑う。「私や次郎太刀に石切丸、蛍丸、祢々切丸総出で諦めるよう説得したにも関わらず、一向に折れなかったあなたに、私たちは約束しましたね。『もしもこの戦が終わってもあなたの気持ちが変わらないようであれば、私の神域にご招待しますよ』と」 太郎太刀が一歩一歩踏み出すたびに、地面がミルク色に波立つ。「次郎太刀や石切丸たちは、あなたが折れることを願った。そして私は……」 光と白しかなかった空間に、突如さあ……と爽やかな風が吹き込む。「私はどうやら賭けに勝ったようです。ようこそ、歓迎しますよ」 逆光を浴びながら、セーラー服姿の小柄な少女が静かに立ち尽くしていた。 そんな彼女に太郎太刀は、次郎太刀にだって見せたことのない優しい笑顔を浮かべた。「私の、最後の主」#太郎太刀夢 #夢小説 2024.4.16(Tue) 21:35:00
あの戦が終わって、幾星霜の月日が流れただろう。
太郎太刀は天上で独り現世を見下ろしていた。白い衣は、かつての主だった彼女から賜ったもの。穢れを知らない白のように見えて、己や敵の返り血を幾度も浴びている過去を、太郎太刀は知っている。
「……静かなものですね。向こうでは、仲間たちが大勢いたというのに」
太郎太刀のいる天上は、真っ白な水面の上に立っているかのように、静かで果てがない。兄弟刀の次郎太刀もここにはいない。ここは太郎太刀だけがおわす神域だからだ。天上にいけば次郎太刀だけでなく、刀剣男士はじめ様々な神々と会うことができる。けれど、太郎太刀はあえて孤独を選んだ。
待ち人が、いるからだ。
しん、と神域の中は静まり返っている。
太郎太刀はゆっくりと一歩踏み出す。
足元に見える現世は、人と人工物だらけで、太郎太刀にとって快適な世界とはいいがたい。それでも太郎太刀は現世を見るのをやめない。
「無茶な約束をしたものです」
太郎太刀は苦笑する。
「あなたは私のことが好きだと言った。お気持ちは嬉しかった。ですが、私はかつて妖で今では神です。『私に恋い焦がれるなどどうなっても知りませんよ』と私は伝えたはずです」
太郎太刀は現世から視線を外し、つ、と神域を見上げる。そこは果てしない『白』の世界、光の膜がどこまでも続いている。
「ですがあなたは決して諦めませんでしたね。だから私も神に愛された人間の末路を、情け容赦なくお伝えしました。名と魂を付喪神に明け渡すことで、とこしえの運命を共にすることになると」
太郎太刀は一歩一歩ゆっくりと歩み出す。まるで誰かを迎えに行くかのように。
「私の説明を聞いてあなたが言ったことを、今でも覚えています。『そんなの人間だって同じじゃない。健やかなるときも病めるときも墓に入るまで一緒なんだから』と」
くすりと太郎太刀が顎に手を当てて笑う。
「私や次郎太刀に石切丸、蛍丸、祢々切丸総出で諦めるよう説得したにも関わらず、一向に折れなかったあなたに、私たちは約束しましたね。『もしもこの戦が終わってもあなたの気持ちが変わらないようであれば、私の神域にご招待しますよ』と」
太郎太刀が一歩一歩踏み出すたびに、地面がミルク色に波立つ。
「次郎太刀や石切丸たちは、あなたが折れることを願った。そして私は……」
光と白しかなかった空間に、突如さあ……と爽やかな風が吹き込む。
「私はどうやら賭けに勝ったようです。ようこそ、歓迎しますよ」
逆光を浴びながら、セーラー服姿の小柄な少女が静かに立ち尽くしていた。
そんな彼女に太郎太刀は、次郎太刀にだって見せたことのない優しい笑顔を浮かべた。
「私の、最後の主」
#太郎太刀夢 #夢小説