新米死神とはじめての試練


「あんた、やる気あるの?」
「はい……」
 苛立たしげにつま先で地面を打ち鳴らす八代先輩に、蚊の鳴くような声で私は答える。
「どうしてこれだけ時間をかけて、私がつきっきりで指導しているのに、一番弱い雑魚ノイズも精製できないのよ!」
「申し訳ありません」
「謝って欲しくて言ってるんじゃないの。あんただってそのうち一人で参加者と戦うことになるんだから、その前にノイズを
作れなきゃ戦いようもないじゃない!」
「……」
 八代先輩の言っていることは最もだ。
 今の私が参加者と対峙したら、戦うどころか自身の身を守ることさえ危うい状態だった。
「あー、もういいわ。今日の特訓はここまで。じゃね」
 ぷいっと背を向けて、八代先輩はつかつかと歩いて行ってしまう。
「ご指導いただき、ありがとうございましたっ……」
 八代先輩の背中に礼をしたけれど、先輩が振り返ってくれることはなかった。

「はあ……」

 ひとり残された私は、途方に暮れて渋谷の街をさまよう。
 もう日が暮れかかっていた。
 RGの人達は楽しそうに歩いているのに、私だけ馬鹿みたいに肩を落としているこの落差が、余計惨めだ。

 私のデビュー戦たる死神のゲーム開催日まで、あと3日に迫っていた。
 それなのに、私はどんなに弱いノイズでさえ精製することができない。
 八代先輩につきっきりで指導を受けているのにも関わらず。

 ノイズを作るには、まず精製したいノイズに見合う、自前のソウルか周囲のソウルをかき集める。
 集めたソウルを、戦闘部隊の死神である証の核バッジを使い、ノイズの形に整えれば、これでノイズの完成……なのだが。

 たったそれだけの作業を、私は全くできない。
 そもそも私達死神や人間、果ては空気さえもソウルとイマジネーションでできていると知ったのは、つい最近のこと。
 ソウルだのイマジネーションだのと言われても、全く理解できない。
 普段なら意識する必要もないのだけれど、仕事に関係しているとなれば話は別だ。

 死神のゲーム開催まで、あと3日しかない。
 戦闘部隊の私は参加者にノイズをけしかけて妨害することが仕事なのに、そのノイズを作れなくては話にならない。

 そして死神の寿命は、自分の仕事の成果によって決まる。
 仕事をすることによって、お給料とは別に『ポイント』がもらえる。
 ポイントは私達死神にとっての寿命だ。
 より正確に言えば、1ポイント消費すると一定帰還寿命が延びる。
 生きるためには仕事をポイントで稼がなくてはいけない。
 RGで死んだ私は、UGで生きるために働くのだ。

 だからこそ、つきっきりで指導してくれている八代先輩も、真剣に私を叱咤する。
 なのに、どうして私はいつまでたってもノイズを精製できないのだろう。

 上着のポケットの中で、携帯電話が甲高い着信音を響かせる。
 携帯電話を取り出して見るまでもなく、電話をしてきた相手はわかっていた。
 彼だけに設定した、オリジナルの着メロなのだから。
「ヨシュアさん……」
 画面に表示されている名前は、やはりヨシュアさんだった。

 せっかくヨシュアさんと付き合いだしたのに、2人で映画を見てから、ほとんど会えていない。
 私がほとんど毎日、特訓に費やしているからなのだけれど。
 ヨシュアさんもまた、死神のゲームが開催されていない日もなかなか時間を取れないらしい。
 忙しい合間をぬってメールをくれているのに、私ときたら特訓のせいで疲れきってしまっていて、ろくに返事もできていない。

 本当なら、今すぐ会いたい。
 でも、こんなことじゃ、いつまで経ってもヨシュアさんに会えない。会えるわけがない。

 コツ、コツと前方から、靴音が響く。
「やっと見つけたよ」
 涼しげな声が、私に向けられていると気付くのに、少し時間がかかった。
 目の前にいる人物が、耳に押し当てていた携帯電話を操作すると同時に、着メロが鳴り止む。
「ヨシュアさん……」

 会いたくて仕方のなかった人物が、目の前にいた。
「僕をほったらかしにしている人がどんな顔だったか、気になって見に来ちゃった」
 言っていることは皮肉っぽいのに、声も表情もいつも通りの優しいヨシュアさんだ。
「ごめんなさい、でも、私」
「メールをしても『特訓中だから当分会えない』の一点張りで、僕はいつユウに会えるのかな?」

正直に言えば、こんな泣きそうな情けない顔を、ヨシュアさんに見られたくないと意地になっていた。
一人前になったと胸を張って、ヨシュアさんに会いたかったのに。
「この間言ったこと、もう忘れちゃった? 『もしどうしてもダメだったら、僕のところへ相談においで』って」

「でも、あと3日しかないのに、私ノイズも作れないのに……。どうしたらいいの」
「落ち着いて、3日もあるじゃない。ユウならできるようになるよ」
「そんな、だって私、八代先輩につきっきりで2週間も特訓してもらっているのに、まだできないのに」
おろおろと泣き出しそうになっている私を、ヨシュアさんはいつも通りの微笑で見つめている。
「ね」
そっとヨシュアさんの手のひらが私の頬を包み込む。
「ヨシュアさん、私……」
「大丈夫だよ。あと3日もあるんだから、きっとできるようになる」
「うん、うん」

返事をした私の声は、すっかりかすれて自分でも聞き取れないくらいだったけれど、ヨシュアさんは言わなくてもわかるよと、優しく頷いてくれた。
くしゃりと私の頭を撫でてくれる。
「でも、今日はやめておこう。特訓ばかりでユウも疲れてるんじゃない? 練習はまた明日にしよう」
言いながらヨシュアさんの手が私の手を握る。
帰ろう、と促しているんだ。


「私、先輩の期待に応えたいのにうまくいかなくて、余計にどツボにはまっている気がする」
「最初は誰だってうまくいかないものさ。今は先輩よりもユウ自身のことを考えないと。このままゲームが始まったら、本当に ユウの身が危うくなるよ」
気のゆるんだ私を、真顔でヨシュアさんが釘を指す。
「はい……」
「素直ないい子だね」
ヨシュアさんがぽんと私の頭を撫でる。
「明日は何か予定がある?」
「明日は、先輩と3時から特訓の予定です」
「先輩も随分熱心に指導してくれているみたいだね。それじゃ、また明日。12時にスクランブル交差点で会おう」
軽く手を振りながら、ヨシュアさんは私に背を向け帰っていった。




翌日。
正午を回る少し前に、スクランブル交差点に着いた。

ヨシュアさんは……。
今は歩行者信号が赤になっているため、車が縦横無尽に走り回っている。
車が走り回るスクランブル交差点の中央に、ヨシュアさんはひらひら手を振りながら立っていた。
「よ、ヨシュアさん、そんなところにいたら、危ないです!」
「大丈夫だよ。UGにいるんだから、轢かれるわけでもないし」
「そういうことは、私の心臓に悪いからやめてください」
「はいはい」

泡を食った私をよそに、ヨシュアさんは適当に相槌を打つ。
真剣に心配しているのに。
「それと敬語禁止」
振り返ったヨシュアさんが、私の唇を細長い指できゅっとつまむ。
「うう……、ごめん」
「ぷっ、ヘンな顔」
アヒル口になった私の顔を見て、ヨシュアさんが吹き出す。
誰のせいで、変な顔になったと思っているんだか。

ひとしきり笑って満足したのか、ヨシュアさんが執事か王子様のように、キザな仕草で私に手を差し出す。
「さて、じゃあ迷える子羊ちゃんを特訓会場にご案内しようか」
差し伸べられた手を取り、ヨシュアさんの進むままに目的地へ向かう。



「また、ここなんだ」
「うん、またここだね」
薄暗く湿っぽい停滞した空気の漂う、渋谷川の入口を前に、ヨシュアさんが楽しそうに笑う。

ロマンチックとは言い難い場所だけれど、私の所属する組織の本部がある場所であり、何よりヨシュアさんとの初デートをした場所だ。
露骨に嫌な顔はできない。
ちょっとドブ川の匂いが気になるけれど。

ここでは足音がまさに『ひたひた』という例えがぴったりな不気味な音になるので、ちょっと苦手だ。
私の手を引きながら、ヨシュアさんは奥へと進んでいく。

そして『境界の川』の入口で、ヨシュアさんが足を止めた。
「ここなら人は来ないし、ユウも混乱しないかなと思って」
「混乱って、何かあるの?」
「ユウは『ソウル』や『イマジネーション』をうまくイメージできないから、ノイズを精製できないんじゃないかい? だから僕は今から、この世界の元の姿を見せてあげようと思ってね」
「元の姿?」
私が訝しげに聞き返すと、ヨシュアさんが鷹揚に頷く。

ヨシュアさんがパチンと指を鳴らすと、周囲に光の粒子が満ちる。
「わっ、これって……」
「これは『ソウル』のイメージさ。この間のデートで見せた蛍とは違うからね」
「この世界に存在するものすべては、ソウルでできている。人間や死神にノイズ、果ては人の思念や空気まで……。これは僕らの周りにあるソウルをイメージしやすいように、見せているんだよ」
「これが、ソウル……」
「ここには死神とノイズ位しかいないけど、渋谷の人々の不要な思念が流れ着いてくるから、渋谷川のソウルが減ることはないのさ」
「不要な思念なんて、あるんですか?」
「その人が不要と思えば、それは不要なものだよ。悲しい記憶や不快な感情といったネガティブな思念が多いかな。ここに渋谷の人達の不要な思念が流れ着き、境界の川で浄化される」
「なんだか、悲しい場所なんですね……」

こんな暗渠化されたドブ川に、そんな意味があるなんて思わなかった。
「悲しい記憶はどこかへ置いていかないと、どんどん辛くなってその人の成長を妨げてしまうでしょ? 成長を妨げるような記憶や思いを受け止めて、新しい形に生まれ変わっていく場所なんだって思うと、とてもいとおしい気持ちになるよ。
僕たちソウルでできた存在は、イマジネーションが解けたら消滅してしまうけれど、ソウルはなくなるわけじゃない。どこかで停滞していたり、イマジネーションを込められれば新しいものに生まれ変わるんだ」
「そうですね。あ、もしかして、この川を『境界の川』って名付けたのは……」
「僕だよ。罪深きものの道は、不要な思念の通り道であり、あそこまでは此岸なんだ。思念を境界の川で浄化し、新しいものへと生まれ変わっていく。渋谷川のノイズで強い個体が多いのは、渋谷中の思念がここに流れ着いているからさ」
「なるほど、ここのノイズが強いのには理由があったんですね」
「ところで」
くるりとヨシュアさんが振り返り、私の鼻をつまむ。
「敬語は禁止」
「ごめんなふぁい、鼻をつまむのはやめてっ」
「わかればよろしい」

ヨシュアさんは今度はあっさり鼻を解放してくれた。
今日は変な顔ばかり晒してしまっている気がする。
「話がそれちゃったね。ユウはノイズを作るために、最初はどうするか知ってるかい?」
「えっと、まずはノイズに見合ったソウルを集めるんだよね」
「正解。自前のソウルを使うこともできるけど、ソウルが周りに溢れかえっているから、基本的に周囲のソウルを集めることがほとんどだね」

ヨシュアさんが私の両手をそっと包み込んだ。
私がぼんやりしている間に、手はロウソクの火で暖を取っているような格好になった私の両手に、ヨシュアさんが自分の手を添える。

そこに、先程見た光の粒子が集まってくる。
「今はね、渋谷川に漂う『ソウル』を集めているんだよ。わかる?」
「うん」

私の手の中で、何かが渦巻いているのを感じる。
不思議と温かさやソウルの感触はない。
ただ『ソウル』が私の手の中にある、ということが分かる。何だか不思議な感じだ。
「どう?」
「うん、イメージは掴めてる」
「そう」
いつも先輩達との特訓でも、ソウルを集めることまではできた。

問題は次だ。
「じゃあその次はどうすればいいかな?」
「ソウルを『イマジネーション』で、精製したいノイズに形成する」
先輩に教わった説明をそのまま暗唱する。
先輩特訓中、私がイマジネーションについて質問するたび、上手く説明できない八代先輩はもどかしそうな顔をしていた。
たまに見物しにやって来る狩谷先輩も「こればっかりは理屈よりも、やってみて感覚を覚えないとナ」と言っていたっけ。


「堅苦しい言い方だけど、正解。ようするに、ユウの意志で、ソウルに命を吹きこんであげればいいのさ」
「私の意志? イマジネーションじゃなくて?」
「イマジネーションなんて難しい言葉を使うから、混乱するんだ。ユウだって料理するとき、何を作るか考えてから、料理をはじめるでしょ? それと一緒だよ」
「えっ、料理!?」
「どんなノイズを精製したいのか、まずは頭の中でよくイメージする。イメージが固まったら、そのノイズを集めたソウルで作るんだって、気持ちを集中すればいい」
「そんなアバウトな……」
「イマジネーションの本質は、使用者の『意志』だよ。その意志が強ければ強いほど、精製するノイズも強力になる。さ、まずは基本の『ディキシーフログ』を作ってみようか」
「う、でも私……まだ」
「じゃあ僕が精製してみせるから、感覚を覚えてね」
「うん」
再び、ヨシュアさんと私の手の中にある『ソウル』に意識を集中する。


「まずは精製するノイズをイメージするんだ。どんな形だったか、どんな大きさだったか、どんな色だったか……あとはそのノイズにどんなイメージを持っているかも大切だね」
ヨシュアさんが話していく内に、ソウルがぐねぐねと蠢き、徐々にカエル型ノイズに近づいていく。
「イメージは掴めているかい?」
「ううん、なんだか変な感じ。何かに触って形を変えていっているのはわかるのに、その何かが目に見えないというか……」
「大分イメージをつかめているみたいだね。ソウルって、まさにそんな感じだよ。目には見えない、でも確実にここにある。そういうものを使って、君はこれから戦うんだ」
戦うという言葉に、身の引き締まる思いを感じた。

実態のないソウルを私の意志で束ねて作ったノイズで、私はこれから、戦うんだ。
ノイズは死神にとって武器であり、自分の身を守るための盾でもある。
今ヨシュアさんは、そのノイズを作っているんだ。

「……大分イメージできたみたいだね。はい、完成」
私の手の中で、緑色のカエル型ノイズが精製される。
今までは、いきなりノイズが飛び出してきたようにしか見えなかったけれど、ソウルからノイズになりかけの時から、ソウルの塊をうっすらとではあるけれど、見ることができた。
そのことを伝えると、ヨシュアさんは嬉しそうに笑う。
「ああ、そうだ。ノイズを精製するのは、粘土遊びに似ているかな。見えない粘土をこねていくうちに、少しずつノイズに作り上げる。そんな感じかな」
「ね、粘土遊び……。さっきからのんきな例えばっかりだよ」
「身近なもので例えた方が、ユウも想像しやすいかなと思って。まあ、あくまで僕のイメージだから、ユウはユウのイメージを大事にして」
「うん」
シュウ……と音を立てて、手の中のノイズが消える。
消えたというより、ノイズを取りまとめていたイマジネーションが解かれたことで、ソウルが拡散したため、見えなくなってしまったという方が正しい。

「よし、次はノイズの精製方法の感覚を掴めた、ユウの番だ。頑張ってね」
「は、はい」

向かい合って立っていたヨシュアさんが、1歩離れた場所に移る。
深呼吸して、さっき掴んだノイズの精製方法を強くイメージしてから、始める。
「まずは、ノイズに見合ったソウルを集める……」
先輩たちに教わった手順をひとつひとつ呟きながら、ノイズ精製のイメージを強くする。

空気のような物が、私の手の中で渦巻くのを感じる。
ディキシーフログは、ノイズの中でもそれほど大きくない。
カエル型ノイズにちょうどいいと思える量のソウルは、すぐに集まった。
ここまではいい。

「次は……」
ソウルを『イマジネーション』で、精製したいノイズに形成する、と呟こうとして、体が強ばる。
もしまた失敗したら。うまくいかなかったら。
先輩の叱責する声がフラッシュバックし、指先が冷たくなる。
手中のソウルが、私の心の揺れに同調するかのように、グラグラと揺れ始めた。

いけない、せっかく集めたソウルがまた散らばってしまう。
「ユウ!」
ヨシュアさんの強い声で、我に返る。

途端、私の手をすりぬけて、ソウルが消えてしまった。
確かにソウルの存在を感じていたのに、嘘のように。
「あぁっ」
思わず伸ばした手を、ヨシュアさんが掴む。

ヨシュアさんを見上げると、珍しく苦笑いを浮かべていた。
「もしかして、ユウは僕とふたりきりだから緊張しているのかい?」
「え、あの」
「フリーの時間とはいえ、僕は上司として指導をしているのに、ユウがそんな気持ちでいたんじゃ困るなぁ」
「違いますっ」
「それはそうと、敬語禁止」
そういってまたヨシュアさんが、私の鼻を摘む。
きゅっとかむっとか、変な声を出してしまった私を、ご満悦そうにヨシュアさんが笑うのだった。

「大丈夫だよ」
さっきまでの戯れた調子とはうって変わって、穏やかなヨシュアさんの声音に、私は顔を上げる。
「僕はユウを見捨てないし、ずっとここにいるよ。どれだけ時間がかかってもいいから、安心して練習して」
「う、うん」
やっぱり私の不安を、ヨシュアさんはしっかり見抜いていた。私は何も言っていないのに。

ここ数日先輩につきっきりで特訓していたけれど、いつもノイズの精製方法のイメージを上手く掴めない私に、先輩がさじを投げてすぐに背を向けていた。
肩をいからせて立ち去ってしまう先輩の背中を、泣きそうな気持ちで見送り続けた私は、いつしか失敗することより、『失敗することで見捨てられてしまう』ことを恐怖するようになった。

もしかしたら、ヨシュアさんはそんな私をどこかで見たのかもしれない。
それともヨシュアさんの観察眼が鋭いのか。

どちらにせよ、1番かけて欲しかった言葉をヨシュアさんにもらったおかげで、私の心から不安がとけていく。
私がどれだけ醜態を晒しても、寄り添い支えてくれる人を探していたのかもしれない。
だから、ヨシュアさんがかけてくれた言葉は、私が最も欲していた言葉だった。

「さてそれじゃあもう1度やってみようか」
「はいっ」

もう1度だ。もう1度集中して、ノイズを精製しよう。
また失敗しても、ヨシュアさんはちゃんとそばにいてくれる。
だから、さっきよりもずっと安心して臨めている。
ヨシュアさんは2、3歩離れたところで、腕組みをしながら私を見守っていた。

「まずは、ノイズに見合ったソウルを集める」

もう1度手の中にソウルを集める。
風もないはずなのに、私の周囲から何かが集まってくるのを感じる。
ここまでは慣れたものだ。
問題は次だ。

1度大きく息を吸い込み、息を吐き出すように囁く。
「ソウルを『イマジネーション』で、精製したいノイズに形成する」
言いながら、まだ目に見えないソウルの塊が、カエルノイズになる様をイメージする。
ソウルが私の中で蠢き出した。



ノイズを精製しようとして、数分が経った。
私の手の中からノイズが完成して姿を現れる様子は、一向にない。

先輩達やヨシュアさんはあれほど簡単にやってのけたのに、何故、どうして、私にはノイズを作ることができない。
まだ、私の『イマジネーション』が足りないのだろうか。


『イマジネーションなんて難しい言葉を使うから、混乱するんだ。ユウだって料理するとき、何を作るか考えてから、料理をはじめるでしょ? それと一緒だよ』

ヨシュアさんの言葉が脳裏に蘇る。


『イマジネーションの本質は、使用者の“意志”だよ。その意志が強ければ強いほど、精製するノイズも強力になる』

『ノイズを精製するのは、粘土遊びに似ているかな。見えない粘土をこねていくうちに、少しずつノイズに作り上げる』

ヨシュアさんはあの時、少しでも私にノイズ精製のイメージを掴みやすいよう、散々ヒントをくれたのだ。
料理でも粘土遊びでもいい。
まだ私の『イマジネーション』が、意志が足りていないなら、ヨシュアさんから受け取ったヒントを元に、ノイズを精製すればいいんだ。先程から、私は1度ノイズの形からかけ離れてしまうと、一からやり直していたけれど、粘土遊びに例えれば、理想の形から少しでも崩れてしまったら、せっかく今まで整えていた形を手のひらで押しつぶして、もう一度やり直そうとするのと同じだ。
粘土遊びでそんなことはしない。
粘土は、何度もこねることで少しずつ形を整えていくのだ。

ソウルも粘土と同じなのではないか?
自分でも言ったはずだ、『何かに触って形を変えていっているのはわかるのに、その何かが目に見えない』と。
ならば文字通り、ソウルをこねて、ノイズにしてあげればいい。
そう思ったら、ノイズが精製できるまで、そう時間はかからなかった。




「できたぁ!」

やっと私の手の中から、カエル型のノイズが精製された。
集中力が途切れ、思わず足がふらつく。

私の手中から飛び出たノイズが、喉を鳴らしながら、私の足元を跳ね始める。
のんきにげこげこと喉を鳴らして跳ね回るノイズを、ヨシュアさんが膝を折って拾い上げた。
「おめでとう! よく頑張ったね、ユウ」

ヨシュアさんが微笑みながら、私の頭を撫でる。
我がことのように喜ぶヨシュアさんに、思わず私は涙ぐむ。

何度もソウルを散らす不器用な私に、『ユウを見捨てないし、ずっとここにいる』と約束してくれた通り、ちゃんと私を見守ってくれていた。
そしてようやく目標達成できたことを、一緒に喜んでくれるヨシュアさんが、私のそばにいることに胸に温かいものがじんわりと広がっていく。

「ありがとう。ヨシュアさんのおかげで、私やっと……」

お礼を言おうとする私に、ヨシュアさんはゆっくり首を横に振る。
「僕のおかげなんかじゃないさ。僕はただホンの少しアドバイスをしただけ。ずっと頑張ってきたユウと、指導していた先輩のおかげだよ」
大人な態度で言われてしまうと、それ以上お礼の言葉を重ねることができず、渋々こくりと頷いた。

「そろそろ先輩と特訓の時間が違いんじゃない? 大丈夫かな」
「あっ、私そろそろ行かないと」
「特訓の成果を見せてあげないと。ほらほら、行った行った」
「はい」
「ちゃんと先輩にお礼を言うんだよ、じゃあね」

言うだけ言って、ヨシュアさんはくるりと後ろを向いて、渋谷川の奥へ歩いていく。
「ヨシュアさん……」

私はヨシュアさんにお礼を言いたかった。
アドバイスをしてくれたこと、そして私のそばにいてくれたこと。

そして、お礼だけではない。もう一つ、もう一つだけ伝えたいことがあった。
「ヨシュアさん、大好き」
と。ほんの一言を、私は伝えられなかった。

ヨシュアさんに遮られてしまったのをいいことに、口をつぐんでしまった。
今日は言えなかったけれど、きっとヨシュアさんに伝えよう。

だって、渋谷川を進んでいくヨシュアさんの背中が、何だかさびしそうだったから。