Sky After The Rain
-第4話 『可能性』-


「それで、どうだったのよ。例の男ってのは」

八代先輩がにやにや笑いながら、身を乗り出した。
 今日来ているのは、この間八代先輩に連れて行ってもらった喫茶店だ。
「はい! この間お休みの日にまた会うことができました」
「おや、佐倉ちゃん運イイネ〜」
「でもホラー映画見るはめになっちゃって、散々でした」

なりゆきで見るはめになった映画の内容を思い出して、私は思わず身震いした。
ゾンビのリアルさ、執念深さ……。リアルで怖かった。
「ホラー映画はどうでもいいから、どうだったのよ。そのオトコは!」

痺れを切らした八代先輩が話を急かす。
どうでもいいだなんて、ひどい。
しかしあまり先輩を待たせるのは悪いので、私は昨日の出来事の一部始終を話すことにした。




「あんたねぇ、バッカじゃないの!? 『死神のゲーム』なんて直球な言葉使ったら、相手だって警戒するに決まってるじゃない」
「面目ありません……」

八代先輩の怒号に、体がすくむ。
あの時の私には、あれが精一杯の言葉だったのだ。
 死神になりたての私には、荷が重かったのかもしれない。
「卯月〜、ちぃっと落ち着きなさいナ」
「何よ、あんたは黙ってなさいよ! あたしは後輩に指導を……」
「先輩風吹かせるのもタイガイにしないと、佐倉ちゃんに嫌われちゃうゾ〜」
「なっ、なっ、あたしはそんなつもりじゃ!」
「マァマァ。それより俺は、さっきの佐倉ちゃんの話に、ちょっと引っかかるところがあるんだけど、卯月はどうオモウ?」
「はぁ? そりゃ佐倉の振り方に問題はあると思ったけど」
「佐倉ちゃんじゃなくて、男の方ダヨ」
「男? どこが引っかかってるのよ」
「佐倉ちゃん、死神のゲームって言ったとき、男はどんな反応したんダッケ?」
「確か、物騒だとか言ったあと、何故かサバイバルゲームの一種なんじゃないかって言ってたような」
「そこダヨ」

ピシリと飴玉で八代先輩を指す。
「え? 何よ、どういうこと?」
「佐倉ちゃんの前で知らない素振りはしてるけど、『知らない』とは言ってないダロ? しかもサバイバルゲームに無理矢理話をすり替えた辺り、なーんか臭うんダヨナ。普通何も知らないんだったら、大抵は知らないって言うもんダロ? ま、中には知ったかぶっちゃうヤツもいるケド」
「じゃあやっぱりあの人、死神のゲームに関係してるってことですか?」
「確実とは言えないけど、俺はそう思うヨ。アヤシイナ〜、そのオトコ……」

狩谷先輩がすっと目を細める。
いつもの穏やかなまなざしとは程遠い、獲物を狙う狼のような剣呑な光があった。
「じゃあやっぱり謎の重役、なんでしょうか?」

私がおそるおそる尋ねると、狩谷先輩はにこっと笑ってみせた。
「いや、実はこの間話した後で、もっと可能性の高いことを思いついちゃったンダ。俺はやっぱりその男が死神なんじゃないかって思うノサ」
「死神? でもこの間話したときは、このエリアにその男に似た死神はいないって話じゃなかった?」
「話は最後まで聞くモンダヨ。その男が死神だったときは、2パターンあるんダヨ」

そう言うと、狩谷先輩は手に持っていた飴を口にくわえて、人差し指を立てた。
「まずパターン1。俺達と同じく『渋谷UG』の死神ってパターンナ」
「渋谷の死神だったら、渋谷にいてもおかしくないじゃない」
「そりゃーネ。現に俺達もここにいるシ。ただ、問題は男の行動ダヨ」

行動?
八代先輩と私は、狩谷先輩のいいたいことが分からず首を傾げる。
「同じエリアに属しているなら、佐倉ちゃんだって同僚ダロ? ならどうして『死神のゲーム』なんて分かりやすいキーワードを無視シタ?」
「もしかして、私とあんまり話したくなかった、とか?」

思わず声がすぼまる。
もしかしたら、気付かないうちに彼に失礼な行動を取って、男性を不快にさせてしまったのかもしれない。

しかし私のマイナス思考を、狩谷先輩がぴしゃりと跳ね返す。
「佐倉ちゃん、今はそういう個人的な感情は抜いて考えロ。同僚に自分が死神だと気付かれたくない理由はナンダ?」
「まさか狩谷……、あんたその男がルール違反してるって言いたいワケ!?」
「ルール違反?」

八代先輩が何を言っているのか分からない。
思わず私はオウム返ししてしまった。
「ソウ。つまりその男には、佐倉ちゃんに自分が死神だって言えない事情があったノサ。俺達にも言えないような、ヤバ〜い事情が、ナ」
「で、そのヤバ〜い事情に絡んでるのが、CATストリート付近ってワケね」
「な、何でそんなことが言えるんですか!」

何でだろう。先輩たちの話が、どんどん思いもよらない方向に転がり始めている。
転落に歯止めをかけるべく反論しようとしたのに、感情的な言葉しか出てこない。
体がぶるぶる震えている。それに声も。
なのに止められない。
止まらない。
「だって、あんたとその男が会うときっていっつもCATストリートの近くじゃない」

感情の高ぶりを押えきれない私に対し、八代先輩は冷め切った表情で私を見やる。
「正確にはCATストリートのカフェ、ダッケ? そういえばCATストリートにはいつも閉まってるカフェに関するウワサが多いらしいナ。そのカフェも、絡んでるんじゃネーノ」

混乱する私を尻目に、2人の話はどんどん転がり落ちていく。
私はそれを止めることもできずにいる。
2人の話の終着点がどこに向かっているのか、わからない。
「それに、そういう事情ならその男の特徴と合致する死神がいなかった理由もわかるダロ?」
「……『変装』してたってわけ?」
「そういうことサネ」

いや、わかっていた。
2人がどう結論づけようとしていたのか、本当はわかっていた。

でも私には信じられなかった。
彼を怪しんでいる、その事実がわかった瞬間、私の背筋から足の爪先まで一気に冷たくなった。
「そんなっ! ただの偶然ですよ。それに彼、『渋谷にはよく来る』って行ってたから、ただのサラリーマンの可能性だって……」
「シーーッ。佐倉ちゃん、声大きいゾ」
「あっ……ごめんなさい」

気付かない内に声を荒らげてしまっていたらしい。周囲の視線を感じて、顔がさっと赤くなる。
「まだ俺の話は終わってないゾ。パターン2。渋谷に在籍していない、『他のエリアから来た死神』ってパターンダ」

狩谷先輩が今度は中指を立てる。
「はっはーん、あたしあんたの言いたいこと、分かっちゃった」
「おっ、マジデ? じゃあ卯月言ってミー」
「つまりはこうでしょ? 渋谷UGで良からぬ事をしようとしている、他のエリアから派遣されたスパイ。そいつらの一味が、不運にも 佐倉に見つかったと勘違いしちゃって、もみ消そうと必死、ってとこ?」
「ちょっと、八代先輩まで……」
「イヤ、俺も渋谷UGを乗っ取ろうと画策している、スパイってとこまではほぼ同じだけど、なるほど……だからカ……」
「な、なんですか? 何がなるほどなんです?」

嫌な予感が私の胸を黒く塗りつぶしていく。
どうかこれ以上悪い予想を、狩谷先輩が口に出しませんように。
「仮に他のエリアのスパイだとして、 佐倉ちゃんに見つかっても2度と会わないようにすれば、そのうち佐倉ちゃんだってそんな男のことなんか忘れるダロ? 俺だったらそうするナ。証拠隠滅って言ったって、どうするつもりダ? 佐倉ちゃんの記憶を消ス……? いくら死神だからって、そんなことはできないンサ。だったら」
「佐倉を消滅させる方が手っ取り早いってわけか……」

八代先輩が渋い顔をして、腕を組む。
乱暴に座り直したせいで、椅子が軋んだ。
「ちょっと待ってください。彼が私のことを消すつもりで、私の前に現れたって言いたいんですか?」

信じられない! どうしてそんなひどいことを先輩たちは思いつくんだろう。
2人は無言のままだったが、その表情は肯定している様がありありと見て取れた。
「じゃああんた、男がどうしてわざわざあんたに会いに来たって言うのよ? たった1度、雨宿りしただけなのに」
「だから会いに来たんじゃなくて、偶然通りかかって……」
「本当に偶然って言い切れるの? これだけ人がたーくさんいる場所で、また会うってすごい偶然ね」

今度あのオブジェの人に確率を計算してもらったら、いい数字が出るんじゃないの? などと、八代先輩は軽口を叩いた。

いや、軽口じゃない。日和見な後輩を批判する、辛辣な口調だった。
助けを求めるように狩谷先輩を見る。しかし狩谷先輩も八代先輩と同意見のようだ。
今まで見たことのないような険しい表情だった。
「 佐倉ちゃんの気持ちもわかるけど、今回は俺達だけの問題じゃナイ。まして、UGだけの問題でもないんだゾ」
「そうよ。UGどうこう以前に、あんたが狙われてる可能性だって高いのよ!」

違う。
私は彼に狙われてなんかいない。

本当に消そうとしていたら、何度もチャンスはあったはず。
最初に出会った人気のないカフェの前でだって、いや、この間のランドマークの時でも、私を人通りの少ない場所におびきよせることだってできたはず。
なのに私は無事でいる。
だから違う。

そう否定すればいいのに、言葉が喉の奥でからみあって溶けるように消えてしまう。
黙り込んでしまった隙をついて、八代先輩はたたみかけた。
「いい!? もし例の男にまた会ったら、必ずあたしらに連絡入れなさいよ。これはあたしたちだけの問題じゃない。UGの危機でもあるんだから!」