変わりゆく日常

 夢主の設定や原作ゲームに登場しないオリジナルキャラクターが登場します。











『何について聞きたいのよ?』
「実は……死神もインプリントができるのかなあって」
『何よそれ? 急じゃない!』

 先程の北虹指揮者から聞いた情報をそのまま話そうと思ったが、思いとどまる。あの北虹指揮者が『コンポーザーと協議する』と言っていたことを、そうぺらぺら喋っていいものだろうか。

「えっと、実はさっき104の前でRGの人間が揉め事を起こしているのを見かけたんです。それでノイズが大量発生しているので、揉め事から目を逸らさせたいなって」

 嘘も方便ということで、八代先輩には黙っていることにした。

『マジメね! あんたが周りを見られるようになったらいいことだわ。参加者の時はキーワードや参加者バッジがないとできないけど、あたしらはバッジがなくてもインプリントができるわ』
「ありがとうございます! 助かりました」
『ただし、あんまり変なことに使わないようにね。悪用は禁止!』
「もちろん、わかってますよ!」

 八代先輩との通話を終え、パチンと携帯電話を閉じる。何とか解決の糸口は掴めた。後は“彼”を見つけるだけだ。


 嘘も方便ということで、八代先輩には黙っていることにした。

『マジメね! あんたが周りを見られるようになったらいいことだわ。参加者の時はキーワードや参加者バッジがないとできないけど、あたしらはバッジがなくてもインプリントができるわ』
「ありがとうございます! 助かりました」
『ただし、あんまり変なことに使わないようにね。悪用は禁止!』
「もちろん、わかってますよ!」

 八代先輩との通話を終え、パチンと携帯電話を閉じる。何とか解決の糸口は掴めた。後は“彼”を見つけるだけだ。

 彼と再会してしまった104前に戻る。彼は、まだいた。足早に歩いては立ち止まり、周囲の人混みを睨み付け、小声で何事かをぶつぶつと呟いている。

 私は彼の思考を覗くために、そっとスキャンを使った。

 彼の思考をのぞき込む。

 そこには、怒りに飲み込まれつつある彼がいた。死神になった裏切り者の私に対する怒り。自分の愚痴から逃げ出した私に対する怒り。彼の努力を認めずいがみ合う野球部員への怒り。そして……。

 現状に何もできず、不甲斐ない彼自身への怒り。

 怨嗟という言葉が、私の脳裏をよぎる。今の彼は怒りの念に囚われている。そして、彼のネガティブなソウルに、104前にノイズ達が集まってきてしまった。

「とりあえず、ノイズを払おう」

 ノイズシンボルを選択し、戦闘に挑む。


 渋谷でよく見る種類のザコノイズは、私の手であっけなく消滅できた。そのまま彼にインプリントする。なるべくポジティブになれそうな話題を選んで、彼にインプリントを試みた。

 野球、彼が好きな物だ。イベント、104でこの後行われるらしい。CAT、ちょうど新作が104でディスプレイされていたから。新しい趣味、彼が新しい趣味を持てば、野球部に依存せずにいられるだろうから。



 …………。



 駄目だった。

 結果から言うと、彼のインプリントは失敗に終わった。彼はインプリントされたワードを全て拒否し、血眼になって私を探し続けた。完全に怒りで我を忘れている。

 そして、彼の反応を見て気が付いた。彼の根っこにある問題は、彼自身の持つ思いやりだったということ。死神のゲームに参加する前の彼は、部の派閥争いで中立的な立ち位置にいたらしい。険悪な空気の部の皆に仲直りをしてほしい一心で、どっちつかずな言動をして周りから反感を買い、さらに部の派閥争いを深刻にしてしまった。思いやりから間違った行動をしてしまった自分の不甲斐なさを、彼は今もなお怒り続けている。

 死神のゲームは、そんな彼にとって怒りを発散する格好の場だった。ノイズを倒す高揚感、不思議な力“サイキック”を使える万能感。そして何より、思いやりの心というリミッターをエントリー料として徴収されたことで、彼の怒りを大いに発散することができたようだ。だから彼は、先程も死神のゲームに生き残れたことを、自慢していたのだ。

「逆効果だったってこと……?」

 生きかえりの権利を得るのは、エントリー料を克服できた者だけだと北虹指揮者は言っていた。しかし、彼の怒りの根源をたどれば、結局は間違った思いやりで周囲を傷つけてしまった過去が原因だった。果たしてこれはエントリー料を克服できたと、言えるのだろうか。

「北虹指揮者に連絡しなきゃ」

 私は現状を報告するべく、携帯電話を開いた。

 数回のコール音の後、『北虹だ』と声が返ってきた。

「お忙しい所失礼します。戦闘部隊の佐倉です。北虹指揮者、お忙しい所すみません。今、お時間よろしいでしょうか?」
『急ぎの用か?』
「実は先程の元パートナーの件で、ご報告したいことがありまして」
『待ってくれ』

 少しごそごそと物音がした後、すぐに音声はクリアになった。

『……このまま報告してくれるか』
「はい」

 私はありのままを報告した。北虹指揮者とわかれてから元パートナーを探し、ノイズを払いインプリントを行ったこと。それでも彼は怒り続けて彼の怒りにノイズが集まってきてしまい、とても手が付けられない状態のこと。恐らく怒りの根源は彼自身が持つ思いやりを誤った方法で使ってしまったことに、怒り続けていることを。

『……そうか』
「申し訳ありません。彼の状態を改善したかったのですが、困難な状態です」
『いや君はできる範囲でよくやってくれた。一度時間を置こう。佐倉の情報を元に対応を検討する』
「はい。よろしくお願いします」

 北虹指揮者との通話を追える。せめて良い結果を報告したかったけれど、これ以上私にできることはない。

 この時になってやっと持ちっぱなしにしていた、ヨシュアさんのスーツの存在を思い出した。

「家に戻ろう……」

 へとへとになりながら、自宅に足を向ける。背後では彼のぶつぶつと何かを言い続ける彼の声が聞こえ続けていた。



 渋谷川最奥、コンポーザーの部屋にて。

「以上が佐倉からの報告です」

 北虹がつい先程までスピーカーモードにしていた携帯電話を閉じる。佐倉ユウからの報告を、コンポーザーにも聞こえるようにしていたのだ。

「ありがとう。報告ご苦労様」
「至急死神のゲーム時、少年を採点していた担当者を聴取し、原因究明と対応に努めます」
「状況をレポートしてくれる?」
「もちろんです。佐倉にも報告書を作成するよう指示します」
「うん、ありがとう」

 北虹がコンポーザーに一礼をしてから、踵を返す。早速情報収集に当たり、元参加者の少年の対応をするために。
 とんとん、と細長い指が渋谷川の奥にある玉座を叩く。玉座の上で、コンポーザーが自体を吟味していた。
「問題は、こんな事態が起こる理由だね」
「僕が彼の問題に気付き損ねていた? 補助部隊からの報告に誤りがあった? それとも彼がノイズを呼び寄せるのは、別の理由……?」

 死神のゲームで洗い出せなかったエントリー料未克服の参加者がいたとなれば、前代未聞の事態だ。当時のパートナーが死神として生きていることに気付かれたことなど、些細なことだ。となれば、これはコンポーザーである自分の敷いたルールに、重大な問題があるということ。


「ユウはここ最近、情報のまとめ方が上手になったね」
「それにノイズ退治もインプリントも、全部自分の意志でやっていること」
「ちょっと前までは僕に甘えがちだったけど……、成長しているようでよかった」
「むしろ問題は、僕の方にあるということかな?」

 渋谷川最奥で、コンポーザーが独り言ちる。