いつもあなたを見ています

長義視点




※『いつもあなたを見ています』の山姥切長義視点です。恋愛要素は薄いです。


 つくづく人間というものはわからない。

 山姥切長義こと俺は己の主の行動に疑問を持っていた。
 今日は主の命で厨当番をさせられていた。この本丸には八十名を超える刀剣男士がいるので、食事を用意するのも骨が折れる。
 だから厨当番を設けて分担して作業を行うというのは百歩譲って理解しよう。
 しかし、何故この俺が玉ねぎのみじん切りなどしなければならないのか。下々のものにやらせておけばいいものを、と俺は内心不満に思っていた。

 初めて厨当番やら馬当番やらを任された時、俺は主や刀剣男士に抗議したものだ。
 しかし皆から返ってくるのは『係は平等にみんなで行うもの』、『この本丸に下々は存在しない。主か刀剣男士かだ』という至極当然な言葉ばかり。そうなのである。俺は確かに人より上位の存在だが、ここにいる人間は主だけ。
 その主の方針により刀剣男士達に上下はない。皆平等な立場にある。

 ならば、やるしかないのだ。

 さて、俺が渋々と厨に入り、本日の役割分担を決めた頃のことだ。ちなみに今厨にいるのは、俺とへし切長谷部と燭台切光忠の三人。他の厨当番は遠征や内番で出払っているが、後々やってくるだろう。早速じゃんけんで役割を決め、それぞれに持ち場についた。
 が、包丁をふるって少し経つと、違和感を覚えた。視線を感じるのだ。

「また主の悪癖が出ているようだな」

 くっと唇を持ち上げて、廊下の方を指す。主の悪癖……、何かにつけて刀剣男士達を鑑賞する主の趣味が、また出ているようだ。ふと視線を感じて物陰に目を凝らすと、隠れてこちらを見ている主がいる。最近この本丸に顕現したばかりの俺も、何度か視線を感じて顔を上げたら主と目が合ったという体験した。古株の二人なら猶のこと経験した回数は多いだろう。我が主ながら、趣味が悪い。

「今日の狙いは長谷部君みたいだね」

 同じく厨当番の燭台切光忠が朗らかに言う。当のへし切長谷部は、

「そうだな」

 と言って苦笑している。

「苦労するな。気になるだろう?」

 気まぐれに長谷部に声をかけるが、いつも通りの簡素な答えが返ってきた。

「今更言っても詮無いことだ、作業を始めるぞ」
「わかっている……」

 俺は玉ねぎのみじん切り、燭台切と長谷部はサヤインゲンの筋取りの係だ。カカカカ、と軽快に玉ねぎを短冊切りにしていく。少しずつ切られた玉ねぎが溜まっていく様は、軽快な気分になる。

 今日の夕食はハンバーグだ。だから玉ねぎを大量に切る必要がある。
 たまたま俺達三人は早めに来てしまったので、先に作業を始めている。後々じゃがいもの皮をむく係やにんじんを切る係も現れるだろう。

 ちなみにサヤインゲンは付け合わせだ。
 ほかほかに炊いたインゲンは、マヨネーズにかけてひょいと口の中に入れれば、ぷちぷちとした食感がはじけて美味であることを、つい先日知った。楽しみである。

 しかしどうして俺は玉ねぎを切る係になぞ、なってしまったのだ。せっかくじゃんけんで一抜けできたのだから、もっと楽な係になればよかった。

「目が痛い」

 玉ねぎを刻んでいると、何故か目がじわじわと沁みてくるのだ。何故なのか。わからない。

「玉ねぎを切っていると目が沁みるからね」

 燭台切が手を止めずに笑う。

「くそっ、なんで俺が……」

 俺は悲しくなどない。ちっとも悲しくなんかない。
 なのに俺の感情とは関係なく、鼻の奥がつん、として、涙が目尻を濡らす。
 玉ねぎの発するつんとした臭気を吸わないよう、天井を仰いで涙をこらえる。

 ああ、なんてみっともないんだ!

「山姥切」

 長谷部が俺を呼ぶ。

「どうかしたかな?」
「口で呼吸をするんだ、そうすると目に沁みにくくなる」
「そんな馬鹿なことがあるか」
「いいから、試してみろ」

 たかが口呼吸、されど口呼吸。それは別にいいが、今この場でやるというのはよろしくない。

「主の目があるのに口を開けたままというのは、……格好がつかない、かな」

 そうだ、今は主がこちらを見ている。主の見える場でぽかんと口を開けて玉ねぎをみじん切りにするなど、みっともない。
 しかし燭台切はあくまでにこやかに長谷部の言葉を補足する。

「今日は長谷部君しか目に入っていないから大丈夫だよ」
「そういう問題ではない、かな」
「それと目が沁みるのは、顔を冷蔵庫の中に突っ込むと治まるよ」
「は?」
「本当だよ。今辛いならお試しあれ! ……ってね」
「そんなわけが……」
「燭台切の言っていることは事実だぞ。実際に効果がある」

 横で話を聞いていた長谷部が言葉を重ねる。燭台切はにこりと笑んだ。

「大丈夫だよ。主のいる角度からじゃ、冷蔵庫は死角になっていて見えないから」
「……わかった」

 渋々と俺は包丁を脇に置き、冷蔵庫に近付く。犬が餌を貪るように冷蔵庫に顔を突っ込んでは品がない。足りない具材を探るふりをしながら冷蔵庫に手を突っ込み、ほんのりと漂ってきた冷気を顔に浴びせる。
 二人の言う通りで、冷蔵庫に顔を突っ込んでから少し経つと、自然に目の沁みは消えていた。

 冷蔵庫を閉めて持ち場に戻ると、背後では長谷部と燭台切が何やら話し込んでいる。
「せっかく主が近くにいるんだったら手伝ってもらうのもいいかもね」
「そうか? いやしかしせっかくの休息のお時間だぞ」
「そう言っていて本当は長谷部君だって一緒に作業したいんだろ?」
「俺は別に……」

 もごもごと長谷部が口の中で反論する。ちなみに長谷部が主に懸想をしていることは、俺達刀剣男士の周知の事実である。
 また主が長谷部に懸想しているらしいことも、本丸では周知の事実である。そんな主は「美男子を観察する」という名目で、俺達刀剣男士──特にへし切長谷部──に意味ありげな視線を送っている。なんともじれったいことだ。

「やましいことがないなら呼んだらいいだろう」

 長谷部をちょっとからかってやると、すぐに「お前までそう言うなら」と長谷部が立ち上がった。そしてすぐに「主」と呼び掛けている。主に呼びかける長谷部の声は随分甘ったるく、聞いていて鳥肌が立ちそうだった。

 そこまで思っているならさっさと己の物にすればいい。

 刀剣男士と人間の恋は、政府から公式に禁じられているわけではない。が、政府にいた間耳にタコができるほど審神者との恋愛を避けるように言われた。政府は非推奨だが公には禁止されていないなら、今の内にさっさとくっついてしまえばいいなどと、無責任なことを考えてしまう。
 美男子の日常を観察したいからなんて下手な口実で、長谷部の周囲を主にウロチョロされるくらいなら、さっさとくっついてくれた方が気にならなくて済むのに、と。

 長谷部に促された主は、観念したらしく物陰から出て厨に入ってきた。インゲンの筋取りを一緒にしないかと聞かれているようだったので、念のため俺も声をかける。

「それとも、玉ねぎをみじんぎりにする係でもどうだ。好きな方を選ぶといい」

 ……主はそっとサヤインゲンに手を伸ばした。サヤインゲンの筋取りを選んだらしい。これでは俺が完全に道化ではないか。

「……へえ。それなら、それでも構わない。なんで俺がこんな……」

 主と長谷部が恋仲になりさえすれば、こんな道化じみたことをしないで済むのに。

 フラれてしまった俺は、渋々と玉ねぎのみじんぎりに戻る。

 その後も背後でいちゃつく二人の声に、苛立たされることになるのだが、調理は概ね順調に済んだのだった。


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2020年7月16日

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