いつもあなたを見ています

へし切長谷部編

 刀剣男士は美しい。
 小柄なもの、大柄なもの。
 筋肉質なもの、スリムな体質のもの。

 どの子達も、それぞれに美しい。
だから時折自分でも気付かない内に見惚れてしまうことがある。

 その中でも私が一際美しいと思っているのは、
 へし切長谷部。

 だが、刀剣男士は視線という物に敏感だ。
 私がぼうっと彼らを見ていたら、いつの間にか相手にまじまじと観察されていることがままある。

 さて、へし切長谷部という刀剣男士について。
 彼は審神者である主の命を欲している。
 主が自分を見ていること、すなわち主命を与えようとしていると期待してしまうのだ。
 だから正直に「あなたを見ていたいだけ」と言うと、困惑し、動きがぎこちなくなってしまう。
 それでは駄目なのだ。
 私はただ美男子のそのままの自然体を見つめたいだけなのだ。

 だが、長谷部が修行から戻った今は、少々事情が変わった。

 ある日の夕方のこと。
 長谷部が台所でインゲンの筋取りをしていた。夕食の仕込みをしているのだ。
 無骨な指が、プチプチと筋を取っていく。作業に没頭するわけではなく、台所当番の燭台切光忠と談笑している。
 雑談はやや盛り上がっているようで、長谷部は目を細めてくっくと肩を震わせている。しかしその間も手が止まることはない。
 長谷部の手からインゲンの筋が離れ、捨てられていく。
 そして筋取りが終わったインゲンが、銀色のボールの中にたまっていく。

 ああ、いい。
 恐らく私が見つめていることは、長谷部にバレているだろう。
 だが、そんなことは構わない。
 長谷部が何気ない日常を堪能している、この様をただ見つめていられれば、それで──。

 ああ、また長谷部が何か話している。

 何を話しているのだろう。とても楽しそうだ。

 あれ? なんかこっち向いてる?
 手招きしてる?



 気付けば、長谷部が笑ってこちらを見ている。
 あら、しかも「主」と言っている。どうやら私に呼びかけているようだ。
 おやおや?
 確かに長谷部を見つめていることがばれているのはいいが、そこに私を呼び出そうとするのはいかがなものか。
 美男子達の中に私という存在が混ざることは望んでいない。
 ただ、私は鑑賞していたいだけなのに!


「あ、る、じ」


 しかし私の胸中など知ったことではない長谷部は、私を呼ぶ。
 仕方ない、行こう。


 廊下の影から体を出し、「はいはい」と長谷部の元に向かう。
「お暇でしたら、ご一緒にインゲンの筋取りはいかがでしょう?」
 長谷部がにこりと笑む。その横で燭台切が苦笑している。
「それとも、玉ねぎをみじんぎりにする係でもどうだ。好きな方を選ぶといい」
 背後から玉ねぎと格闘している山姥切長義が声をかける。
 その声がやや不機嫌そうに低かったので、そろそろとインゲンに手を伸ばした。


「……へえ。それなら、それでも構わない」
「なんで俺がこんな……」
 という押し殺した不満の声が背後から聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。
 この本丸では政府の元監査官だろうと、天下五剣、国宝、重文、無銘、非現存問わず、こき使われる運命(さだめ)にあるのだ。


 長谷部が自分の隣を開けてくれたので、渋々そこに座る。
 カカカカと包丁が玉ねぎを刻んでいく軽快な音を背後に、筋取りを始める。

 向かいの燭台切がいたずらっぽく私を見る。
「主は本当に長谷部君を見るのが好きだね」
「うん。修行に出てからは、私が見ていることも許してくれるようになったから万々歳。燭台切もこの調子で私に鑑賞させてくれると嬉しいなー」
「だあめ」
「けち」

 私が理由なく見つめるのをさりげなく拒否するものは、意外と多い。燭台切光忠もその一人だ。
 私の視線に気付くと、すぐに近付いてきて「何か用かい?」と聞いてくる。

 同じ太刀でも三日月宗近と鶯丸は、私を茶飲み友達か何かだと勘違いしている節がある。
 私がそそっと近付くと、「おお、来たか」と嬉しそうに手招きして、お茶を飲もうと誘ってくる。違う、そうじゃない。

 ちなみに、さらに悪いのがにっかり青江だ。
 気付かない内に視界からいなくなっていたと思ったら、私の背後を取っていて、耳元で「どうしたんだい?」と息を吹きかけられた時の恨みは深い。

 以前の長谷部なら、私に目的なく鑑賞されることを嫌がっていた。
 しかし今は「仕方ないな」と許してくれるようになったので、なんとも眼福である。
 長谷部がぷちぷちとインゲンの筋取りをしてる。
 私はインゲンの筋取りがいまいちわからず、見よう見まねでやっていると、長谷部が手を添えてやり方を教えてくれる。

「こうです。あまり力を入れずに」
「うん」



 思ったよりごつごつした指先が私の手に触れるだけで、興奮する。
 本人は自分の美しさに頓着しないから、趣味が悪い。
 いきなり美男子に接近されれば驚きもするし、触れられればドキドキするものだ。


 ちなみに、背後で玉ねぎをみじん切りしている長義も、最初は私に見つめられることに困惑していた。
 だが、ちょっとプライドをくすぐる言葉をかけてみたら、「別に構わない」と言って気にしない風になったのでよしとしよう。


「君達って元は刀剣なんだから、鑑賞されるのには慣れてるでしょ?」


 隣の長谷部と燭台切に問いかける。

「そうですね。慣れております」
「だったらちょっとくらい、見つめていたって罰は当たんないでしょ?」
「……それは、かまいませんが」

 長谷部が眉を下げる。

「美術品としてしか役立たなかった頃を思い出してしまうのですよ。せっかくこうして、刀剣男士として主と触れ合えるようになったのに、まるでガラス越しの対面をしているような気がして、寂しいのです」

 ぎょっとして長谷部を見つめる。
 自身のネガティブな感情を正直に吐露する長谷部なんて、初めて見た。


 気付いたら私の手から筋取りに失敗したインゲンが長谷部の手に渡っていた。私が失敗したものをそっと手から抜き取ったらしい。
 いつの間にか手が止まっていたようだった。

 その後は他の台所当番が来たり、「俺の背後でいちゃつくのはやめて頂こうか」と長義が不貞腐れたりで、長谷部の発言はかき消された。






 後日。
 さて、長谷部についてもう一つ気になることがある。
 修行から帰り、極となったへし切長谷部。
 彼の能力は大幅に向上し、隠蔽、索敵の値も上がった。
 そのせいなのか、私がちょっとみんなの目を盗んで出かけようとすると──。

「主、どちらへ行かれるのですか?」

 といつの間にか傍にやってくるのである。

 政府施設への訪問や里帰りなど、大事な場面では必ず事前に刀剣男士達に報告し、お供を誰にお願いするかも決めている。
 ただ、たまには一人でふらっと出かけたいときもある。
 今がそうだ。


「いつも申し上げておりますが、お出かけの際は必ず誰かを供につけてください」
「いやだってさあ……」
「こればかりはお譲りできません」

 長谷部がため息をつく。
 たかが深夜に猛烈にジュースが飲みたくなったから、漫画の発売日が今日だと思い出したから、ただなんとなく万屋に行ってみたくなったから。
 そんな理由で、刀剣男士達に武装させて出かけさせるのは、いくらなんでも申し訳ない。


「あなたの心身をお守りしたいだけなのです」
「気持ちは嬉しいけど、ただ万屋で食事をしたいだけだよ」
「いついかなる時でも、敵襲があるとも限りません」

 ずずいと長谷部が近寄ってくる。
 黒い南蛮鎧が目の前に迫る。


「それとも……、俺のこういった気持ちは、ご迷惑でしょうか?」
「えっ、そんな」

 そして長谷部は何気ない仕草で私の両手を握りしめ、呟く。

「俺はただ貴方が天寿を全うするその時まで、笑顔でいて頂きたいだけなのです。そのためなら、俺は何でも致します。ですからどうか、俺のわがままを聞いていただけますか?」
「ね、主」



 長谷部の吐息が、顔にかかるほど近く感じた。




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2020年4月13日

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