この光景を何度見ただろうか。
名前は疲弊した瞳で、目の前に広がる現実を見やる。
城門を開けた先に、激戦区へ出陣していた第一部隊が帰城した。周囲に刀剣男士達が集まり、彼らを出迎えている。
帰城した第一部隊は無傷の者の方が少ない。ある者は仲間に肩を貸してもらい、辛うじて自力で歩いていた。体力に余裕のある者が負傷者を誘導し、出迎えの者に手を貸すよう声を張り上げていた。
──以前はここまで追い詰められることなどなかったのに。
傷付いた仲間をいたわる刀剣男士達に近付きながら、名前は歯噛みした。
周囲に漂う緊迫した空気や鉄錆に似た匂いにもすっかり慣れてしまった。
今日も今日とて、名前は第一部隊に出陣を命じていた。
けれど結果は芳しくなく、いたずらに手伝い札と資源が減っていくばかり。
軽傷者が三名に中傷者が二名。今日はまだ損害が少ない方だ。
検非違使の出現によって、戦況は激変した。検非違使とは出陣の最中に唐突に出現するようになった敵性勢力の一つだ。検非違使は名前達の大きな脅威であった。
仲間を庇い損傷の激しいへし切長谷部は、重傷一歩手前まで生存を削り取られていた。常なら綺麗に整えられている戦装束は、見るも無残に切り裂かれ血で真っ赤に染まり、ぽたり、ぽたりと新しい鮮血を滴らせている。
名前は第一部隊をすぐに手入部屋の前へ導いた。城内に残っていた者達が傷だらけの者達を気遣い、ある者は土埃や血痕で汚れた床を拭くために雑巾の用意に走っている。
「急ぎ手入部屋へ!」
誰から手入をするか名前は考えながら、声を張り上げる。
「おう、誰から入れるよ?」
名前の呼びかけに、長谷部の肩を担いでいた和泉守兼定が問う。
「まずは中傷の長谷部さんが入ってください。その後──」
言いかけた名前を、長谷部がゆらりと片手を上げて制する。
「恐れながら申し上げます。軽傷の者の手入を優先してください。軽傷ならそれほど時間もかからず直るでしょう」
「でも」
肩で息をしている長谷部が、名前を安心させるように笑う。釣り上げた唇の端から鮮血が一筋落ちる。
「俺ならまだ行けます。大丈夫ですよ。少々放置したところで、折れはしません」
「長谷部もそう言っているし、まずは軽傷者をさっさと手入して、手入部屋を空けてくれない? 待ってるからさっ」
蛍丸が無垢な瞳で名前を見上げる。蛍丸はつい数日前に還元されたばかりの新顔だ。練度の低い彼自身もまた、検非違使に狙い撃ちされ深手を負っている。彼の足元にも血が点々と落ちていた。
名前は蛍丸や長谷部の傷を痛ましげに見つめたが、ぐっと堪えて部隊員に指示を出す。
「……わかりました。すぐに手入しますから、二人共待っててください! まず軽傷者から手入部屋へお願いします」
名前の指示で軽傷の者がそれぞれ手入部屋に駆け込む。その内の片方に名前が駆け足で入った。障子が閉まり、すぐに手入が始まる。
※※※※※※※
軽傷者が手入部屋に入ったのを見届けた長谷部は、笑みを消した。壁にもたれずるずると廊下に座り込んだ。
白壁に長谷部の血がうっすらと塗りこめられた。その隣に蛍丸がぺたんと座る。
「やられちゃったね」
蛍丸がポツリと呟く。
「……そうだな」
「痛い?」
蛍丸が隣に座る長谷部の脇腹をちょんとつついた。傷をもろに触られた長谷部がびくりと体を震わせる。蛍丸の小さな横顔を剣呑な表情で睨みつけるが、その瞳に常時の覇気はない。
「痛いに決まっているだろう、やめろ」
「俺さ、長谷部達が怪我してても主の前だと痛くないですって顔してるから、てっきり俺達は痛みを感じないんだと思ってた」
蛍丸がくりくりとした目で長谷部を見上げる。そんな蛍丸に長谷部は苦しそうに溜め息をついて答えた。
「そんなわけがないだろう。主に余計な心労をおかけしないために、なるべく顔に出さないようにしているだけだ」
「うん。主がたまに指を切ったり、箪笥に足の小指をぶつけたりすると、痛そうにしてるし。俺達が怪我しただけで辛そうな顔をするから、主が特別痛がりなんだと思ってた。そうじゃないんだね」
「ああ。……お前も少し休め。傷に障る」
「はーい」
長谷部がぽんと蛍丸の帽子に手を置くと、蛍丸は頷き目を閉じた。
まだ本丸に迎えられたばかりだが、驚異的な速度で練度を上げている蛍丸。
刀剣男士が戦場で特別な活躍をすれば、桜吹雪を舞わせ高揚状態になると言われているが、反面怪我をすれば痛むし、当然疲労も蓄積される。目を閉じた蛍丸から寝息が漏れだすのはすぐのことだった。
長谷部は蛍丸のか肩に何かかけてやろうと思ったが、蛍丸の外套も自身の装束も血に染まって重くなっている。長谷部は早々に諦め、自分も同じく目を閉じるのだった。
「主……」
長谷部の唇から零れた呟きは、廊下に吸い込まれて消えた。
※※※※※※※
数十分後、手入部屋の障子が一つ、勢いよく開いた。
「お待たせしました! 手入部屋が空きましたので入ってください!」
そこではっと長谷部は目を開く。いつの間にか自分にもたれかかっていた蛍丸が、眉を顰めてうう、と呻く。だが疲れ切った蛍丸の意識は覚醒しきっていない。
「起きろ、手入部屋が空いたぞ」
「ん……?」
軽く揺さぶってやると、もぞもぞと蛍丸が目を瞬く。
「何?」
「手入部屋が空いたそうだ。早く行って直して頂いて来い」
「長谷部はいいの? 俺大太刀だから時間かかるよ」
「俺も練度が上がっているから、お前とそう大して変わらん。隣の部屋がその内空くだろうし、お前が先に行け」
「ふーん」
蛍丸は少し迷う素振りを見せたが、
「ありがと。じゃ、お先ー」
ひらひらと手を振って手入部屋に入っていった。
それに長谷部が手を振り返した。いつもは真っ白な手袋が、汗と血を吸って赤茶色になっている。
「はは……」
誰もいなくなった廊下に、長谷部の手が力なく落ちる。
──不甲斐ない。
長谷部はこの本丸では古参にあたる。顕現した当初から名前に能力を評価され、第一部隊の隊長と近侍を兼任してきた。
この本丸は設立当初、破竹の勢いで敵部隊を殲滅し、屍を踏み越えて時間を遡行していく。長谷部達第一部隊は政府に一目置かれるほど、順調な行軍だった。
戦とはここまで一方的な物だっただろうかと、長谷部自身が疑うほどだった。
だが、長谷部は有象無象の遡行軍と対峙する内、長谷部はこう思った。遡行軍は自分たちより兵の質が劣るため、物量作戦で歴史改変計画を押し進めているのではないかと。
敵の目的と戦略が分かってしまえば、長谷部のすることは一つ。己の刀でもって、敵を殲滅するのみだ。
名前の執務室には、政府から賜った勲章を飾る棚がある。勲章が増えるたび、長谷部は誇らしく思った。己の主の功績を政府に知らしめられること、そしてその功績に自身が大いに貢献していることが、長谷部にとって喜びであり存在意義だった。
だが順調すぎた行軍に、新たな勢力が立ち塞がったのだ。
名は『検非違使』と言う。
※※※※※※※
「ごめーん、やられちゃった……」
長谷部に手を振った蛍丸だったが、手入部屋に入った途端力尽きて名前の膝に倒れ込んだ。
「大丈夫。すぐに、手入しますから」
「うん」
名前が命じると、すぐに手入部屋の式神が傷付いた蛍丸の刀身に霊力を注ぎ始める。苦しそうに肩で息をする蛍丸の体を、名前は布団の上に横たえた。脂汗のにじむ額を水桶で浸した手拭いで清める。白い手拭いが赤く汚れた。
「主さんは大丈夫なの?」
「まだ全員の手入が終わっていませんから、休むわけにはいかないです」
「俺達は放っておいても死なないから、休んでも平気だよ。顔色悪いじゃん」
名前は無意識に自分の顔に手をやる。
手入は傷付いた刀剣男士に名前の霊力を注いで、傷付いた彼らを修復する作業だ。だから手入を行えば、当然名前にも負担がかかる。
疲れてはいるが、弱音を吐いていられない。
名前はにこりと笑って、蛍丸に向き直った。
「だったら、長谷部さんに手入部屋へ入ってもらってから、少し休みますね。あとは彼だけですから」
「ねえ、俺達最初はもっと簡単に敵を倒してたよね。どうして上手く進めないんだろ。もっとレベルを上げればいいのかな」
「……難しい、ですね」
「そうなの?」
「うん。強くなればなるほど、後続の刀達の育成が難しくなってしまうんです」
「それ、どうしてもしなきゃだめ?」
蛍丸が手拭いを退けて、名前を見上げる。名前は蛍丸の意図が分からず、首を傾げた。軽く溜め息を吐いてから蛍丸は続ける。
「第一部隊以外の刀の育成って、必要かな? 今の部隊って安定してるし皆もっと強くなれる。それに敵だって弱い。だったら俺達を育成して、でかいのを叩きに行けば、戦はすぐに終わると思わない?」
「敵が弱いなら、どうして私達は苦戦してるんですか?」
蛍丸の言葉に、名前は苦笑し首を傾げる。
「あれ、本当だ。違う違う。俺達が叩く相手は『遡行軍』だろ? 検非違使も厄介だけどさっ」
「確かに遡行軍相手に苦戦することは今の所ありません。でも遡行軍を倒すためには、恐らくこれからも検非違使との戦闘は避けられないでしょう。それにもし第一部隊が全員出払っている時に本丸を襲われたらどうするんですか?」
「ふーん……。俺、本当はもっと早く戦が終わりそうだと思ってた」
「政府が今遡行軍の新しい動きを感知して、調査中だそうです。だから、すぐに終わるというわけではなさそうですよ」
「そっか、そうだよね。数だけは多いくせに一方的に倒せる相手だから、楽勝だと思ってたけど、当てが外れちゃった」
「楽勝、ね。本当。私も最初はそう思ってましたよ」
そろそろ瞼が重くなってきた蛍丸の頭を撫でて、掛け布団を肩まで上げてやる。重傷を負っている相手に、長々話してしまったことを名前は詫びた。「いいよ」と軽く頷いた蛍丸は、すぐに「おやすみー」と言って眠りにつく。
蛍丸の静かな寝息を耳にしながら、名前は唇を噛んだ。
名前就任前に、政府主催の審神者の研修で様々なことを教わった。
「刀を顕現させるだけが名前の役目ではない。戦場の『指揮官』になること。刀剣男士達が戦いで傷つくか否かは審神者の手腕にかかっているのだから動揺してはいけない」という心得は、今でも頭に残っている。
散々敵の脅威について研修で脅されたが、実際に名前に就任してから、刀剣男士達の強さや底力を知る。彼らが強いのか、はたまた歴史遡行軍が有象無象の集まりなのか。
ほぼ一撃で敵をなぎ倒し、誉れ桜を咲かせながら戦場を駆け巡る男士達。一振りごとの戦闘能力は男士達の足元にも及ばない、数に物を言わせる遡行軍達。一方的な戦況を見ている内に、名前は思ったのだ。
この戦いは楽勝なのでは? と。
しかし、そんな慢心は就任から三月と経たない内に打ち砕かれる。
新たな第三勢力が現れたのだ。
名は『検非違使』。
歴史改変の意志の有無に関わらず、歴史に深く介入する存在を無差別に排除する。当然刀剣男士も検非違使の排除対象だった。
検非違使は狡猾だった。彼らはこちらの部隊の一番練度の高い者に合わせた強さでやってくる
練度にばらつきのある部隊で出陣して検非違使に遭遇すれば、こちらの攻撃は全く通らず甚大な被害が出てしまう。
そのため検非違使の出現する戦場に出陣するには、刀剣男士達を均等に育成する必要がある。
しかし練度を上げるために出陣し続ければ、さらにその戦場に検非違使が登場し……と、この本丸は悪循環に陥っていた。
※※※※※※※
検非違使は厄介だ。
廊下で一人、荒い息を吐きながら、長谷部は苦々しく奥歯を噛み締める。彼奴らが現れたせいで、先の時代へ遡ることが難しくなってしまった。
検非違使は特定の時代に長く留まると現れる。
それも出陣した部隊の一番練度の高い者に合わせてやってくるのだから、練度にばらつきがあっては検非違使を仕留めるどころか、持ちこたえることすら叶わない。
ならばと、少し前の時代で練度を上げようとするも、その時代にも忌々しい検非違使の印が刻まれた。戦況がじわじわと八方塞がりになりかけている事態に名前が焦りを感じていることを、長谷部は薄々勘付いていた。
そして長谷部もまた、現状を打破すべきと思っていた。
主の思うままに。
それが長谷部の信条だ。
だが戦力の不足した長谷部達では、以前のような順調すぎる行軍などできるはずもなかった。だからこそ苦しく、悔しいのだ。
逡巡を繰り返していると、手入部屋の障子が開いた。蛍丸が入った部屋ではなく、先に軽傷で入っていた和泉守兼定の方だ。
「おう、待たせたな。手入部屋が空いたぞ。立てるか?」
「……ああ」
兼定に入るよう促された長谷部は、腕に力を込めて立ち上がろうとしたが、床と同化してしまったかのように、腰が立たない。今の長谷部は疲労が蓄積し、立つことすらままならないのだ。
「ほら」
兼定が手を伸ばし、先ほどと同じように肩を貸してくれる。兼定は少々手荒な動作で長谷部を布団に転がし、ぼろぼろになった装束を手早く剥ぎ取った。そのまま汚れてしまった長谷部の身体を、手拭いで清める。
「主にも声掛けておいたぜ。すぐに来るとさ」
「そうか」
「お前、隊長として責任感じてんのかもしれねえけど、最近の戦績が芳しくねえのは俺達全員の責任だからな。一人で抱え込むんじゃねーぞ」
乱暴な手つきで長谷部の身体を拭う兼定は、顔を背けながら呟いた。戦績が以前と比べて大幅に落ちてしまっていることは、本丸にいる誰もが気にしていた。長谷部はとりわけ、部隊長として近侍として、気に病んでいた。
それを気取った兼定の、らしくもない不器用な気遣いが、長谷部にとってはどうにもこそばゆかった。が、悪い気分ではない。
「ッハ、言われなくても」
「おーおー、元気なことで。……喉渇いてるなら、水でも飲むか?」
「頼む」
「ちょっと待ってな」
枕元にあった水差しから湯呑に水を注ぎ、長谷部に手渡す。「飲めるか?」と兼定が介助が必要か聞くも、「そこまで疲弊していない」と長谷部は断った。
思いの外元気そうな長谷部を見て、満足そうに一つ頷いてから兼定は部屋を退出した。
長谷部は空になった湯呑を脇に置いて、ぐったりと身体を布団の上に横たえる。布団を被って眠ってしまいたかったが、汚してしまいそうなので避けた。木目の天井を不鮮明な視界で見上げる。疲労で視界がぐにゃりと歪む。
※※※※※※※
少し経ち、名前が襖越しに声をかけてきた。
「長谷部さん、入っても大丈夫ですか?」
「はっ」
襖越しに名前が声をかける。長谷部は反射的に立ち上がろうとしたが、立ち眩みがしてすぐに膝をついた。「失礼します」と言って名前が入室したが、布団の上で蹲っている長谷部に目を丸くした。
「お待たせしてごめんなさい。今手入をします……。そのままでいいですよ! そんな怪我で動いたら辛いでしょう」
疲労する身体に鞭打ち気力だけで立ち上がろうとする長谷部を、慌てて名前が制する。
渋々といった様子で、長谷部は布団に身を横たえた。名前が命じるとすぐに手入部屋の式神が、長谷部の本体の修復を始めた。少しずつ、長谷部の身体から痛みと疲労が溶けていく。
「……ごめんなさい」
名前が呟くと、床に臥せっていた長谷部が静かに顔を上げる。
「いつも無理をさせてしまって。もう私に仕えるの、嫌になったんじゃないですか?」
「お戯れを。何を仰るかと思えばそんなことですか。重用頂くことと粗雑な扱いを受けることは違います」
「近侍として毎日大量の仕事を任せて、重傷一歩手前まで進軍させているのに、これが粗雑な扱いではないと?」
ええ、と長谷部が頷く。
「付喪神が最も忌み嫌うのは、持ち主に顧みられないことです。命名までしておきながら直臣でもない奴に下げ渡す、のように、ね。手元に置いて使って頂けるなら、何の不満もありません。現に主は負傷者を甲斐甲斐しく看病してくださいます。戦場で誉を取れば誉め、誰それに特がついたからと祝いの席を設け……、これのどこが粗雑な扱いだと?」
ぐっと名前は唇を噛む。
「じゃあもし、私があなたたちを大事にしなくなったら、どうするんですか」
名前がそう問うと、さもおかしそうに長谷部は笑う。傷が痛むのか、眉を顰めた。
「主はそんなことにはなりませんよ」
「だからもしもの……」
「仮定の話であっても」
名前の言葉を遮り、長谷部は続ける。
「どんなに軽傷であっても甲斐甲斐しく世話される主が豹変するなど、俺には想像できかねます」
名前は知らず涙ぐんでいた。今まで名前はずっと長谷部の信頼が欲しかった。
長谷部はいつも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
けれどいつも一歩引いた関係であった。長谷部が口にするのは、いつも前の主のことばかり。長谷部が『今』どう思っているのか、何を感じているのかは滅多に話してくれたことがなかった。それが名前にとって、もどかしかった。
あまりに前の主しか話さない長谷部に、名前も少しずつ前の主──織田信長──や長谷部自身の来歴を調べ始めた。
織田信長の余りの偉大さに、名前は思わず怖気づいた。織田だけではない。黒田如水、黒田長政……。彼の歴代の主達は、歴史に名を残し今なお人々に愛され、時に畏怖や信仰の対象になるほどの存在だ。
自分が前の主達の足元にも及ばないから、長谷部は本音を話してくれないのではないか?
考えれば考えるほど、長谷部のことが分からなくなる。なかなか信頼関係を築けず、一人涙する日もあった。
なのに、いつの間にか自分が求めていた。それを自覚した時、名前の胸が一杯になった。
せめて涙は見せまいと俯く名前の表情を長谷部は覗き見ようとしたが、諦めてそっと話を続ける。
「失礼致しました。仮定の話でしたね。もしも主が、付喪神を顧みなくなったとしても、俺は主という存在を求め続けるでしょう。無茶な進軍や命令を続け、どれほど傷付いたとしても。刀だからというより、俺の性ですね。一度振るわれることを知ってしまうと、どうしても人の手が恋しくなるのです。例え俺がどれほど尽くしたところで、報われないとわかっていても」
そこまで言って、長谷部は布団から身を乗り出し、名前の手に手を重ねる。
「俺は貴方に最後の主であってほしいと思います。もう置いていかれるのも、主が変わるのもごめん被ります。だからどうか、いつまでも主のお傍に。……名前様」
「はい……!」
重ねた長谷部の手の甲に、堪えきれなかった涙が一粒落ちる。
長谷部は手に力を込めた。
掌で感じる名前の震えを、堪らなくいとおしいと思った。
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