今回はシキのエントリー料が容姿だった理由について、考えました。
(※考察本編同様、以下の文章でシキ編X日と書くとややこしいので、日付のみ書いています。特に注意事項がない場合はシキ編の話をしていると思ってください)
6日目にシキ達の目の前に現れた東沢は、シキの痛いところを突いて戦意を喪失させました。
ですが彼の発言は、意図的に情報を歪められています。
何故なら彼の目的はゲームマスター代行として、参加者を全滅させて彼らのソウルを回収することです。
東沢が参加者の中で目につけていたのが、美咲四季でした。
シキが混乱しゲーム参加意欲を失ってしまえば、パートナーとの連携が取れなくなります。そんな状況の参加者達を倒すことなど、彼にとっては朝飯前です。
東沢はあえてシキのコンプレックスを刺激する言葉を選んで、揺さぶりをかけました。
東沢の言ったこと全てが、シキの本心に当てはまるわけではないのです。
東沢がシキに投げかけた数々の言葉を決して正面から受け止めては、エントリー料の意味がわからなくなってしまいます。
ですので今回はシキのエントリー料が何故容姿だったのかを考えてみましょう
そもエントリー料とは、何なのでしょう。
『参加者はみんな共通の理由でRGからUGに来てる。自分のイチバン大切なもんをエントリー料として徴収されてな。』(1)
作中で羽狛はエントリー料とは参加者にとって一番大切な物と言っています。
さらにシークレットレポートでは、別の言い方で捉えています。
『大切なもの、つまり生きていた頃の『こだわり』を失った状態で世界を経験することで、いかに自身にとってその『こだわり』が生きる糧となっていたのかを再認識させるためである。』(2)
私はこの記述を見てから、エントリー料は参加者自身の一番大切な物と少々異なるのではないかと思ったのです。
彼女は自分が嫌いで、エリに憧れていたと言っていました。
これではシキが自分を一番大事に思っていたかと言われると、少々腑に落ちません。
ですので視点を変えて、「エントリー料は参加者が生きていた頃にこだわっていたことである」と考えてみましょう。
「美咲四季が、本日のゲームにおいて、強度の『羨望の価値観』から脱却した」(3)
シキの発言やエリの言葉から、生前のシキはエリとファッションデザイナーになる夢のために努力していたことがうかがえます。
となると、彼女のこだわりは将来の夢やエリに見えます。
しかし実際に徴収されたのはシキの容姿でした。
シキは夢とは違う、強いこだわりがあったのです。エントリー料として容姿を徴収されたことから、そのこだわりはシキ自身に向いていたことがわかります。
考察本編で語った通り、シキは長い間自己否定のループにとらわれていました。
さらに彼女の自己否定のループに拍車をかけていたのが、親友エリです。
エリという理想像があったからこそ、いつか自分も理想になれると思い、シキは痛ましいほどに自己否定と努力を続けていました。
エリに。もっと言えばシキが理想像になれるかもしれないということこそが、自己否定のループに苛まれていたシキの唯一の希望でした。
つまり彼女自身のこだわりは、今の自分は嫌いだけどいずれは理想になれるという希望にあったのです。
これがシークレットレポートで語られた、『羨望の価値観』です。
恐らくシキの羨望の価値観自体は、エリと出会う前からあったものと考えられます。
羨望の価値観というと大げさですが、今の自分とは違う理想の何かになりたいという感情のことです。
クラス替えや中学校を卒業し高校に入学した際、イメージチェンジして新しい自分になる人が時折います。あんな衝動をシキも心の奥底で持っていたのでしょう。
しかしタイミングを逸してか、はたまた内気な性格故か、シキが実行に移すことはありませんでした。
そこに現れたのが、後の親友となるエリです。
エリはシキの裁縫という特技を見抜いて褒め、ファッションや将来の夢という新しい世界を与えてくれました。
シキにも優しく、周りに人気で頭が良くて何でもできて、可愛い女の子のエリ。
エリと出会ったことで、シキは理想の自分像を手に入れました。
それと同時に強烈な劣等感に苛まれながら、理想像に追いつくための絶え間ない努力を続ける日々が始まるのです。
彼女の努力は全て変身願望と自己否定ありきで行われていました。
この二つがあったからこそ、シキは努力を続けられました。
逆に言えばシキに劣等感がなければ、きっと努力を続けられなかったでしょう。
つまり頑張り屋さんの美咲四季であるために、シキは変身願望と自己否定が必要だったのです。
もしも彼女に強烈な自己否定とエリという目標がなかったら、彼女の言葉通り何の努力もせず、誰かに嫉妬し続けるだけの少女になっていたのかもしれません。
シキが本当に求めていたことは、ありのままの自分を好きになること(受け入れること)です。
生前のシキは自分を好きになるために、大嫌いな美咲四季を脱却し、新しい別の何かに変わる必要があると、シキは信じていました。
自分を嫌い続けることは、とても辛いことです。
せっかく楽しい思いをしても、どんなに努力をしても、「こんな私好きじゃない」「もっと努力しなくちゃいけないのに」と頭の片隅で自分の行動を常に否定し続けるのですから。
新しい別の何かにたまたま選ばれたのが、可愛くて何でもできるエリだったのです。
エリと出会わなかったら、別の誰かを目標に選んでいたでしょう。
死神のゲームに参加する際は、生前のこだわりである変身願望=羨望の価値観を喪失する必要がありました。
そのために本来の容姿を徴収され、エリにすげかえられたのです。
エントリー料として自分の容姿を取られ、理想のエリの容姿を手に入れました。
彼女はもう努力する必要も、劣等感や自己否定に苦しむ必要もないと思ったでしょう。彼女の望む理想は手に入れたのですから。
まずエリという理想の外見を手に入れれば、自分を否定できにくくなります。
中身が嫌いな自分のままでも、見た目は理想のエリになったら、一見シキの変身願望が叶ったように見えてしまいます。
そして外見がエリになると、自分を否定する際ためらいが生じます。
外見は理想の可愛いエリを手に入れた。
理想像を手に入れてしまったがために、自分という個性そのものとエリとの歴然の差が浮き彫りになってしまいます。
作中でシキ自身が気付きますが、シキとエリは全く個性が異なります。
私はこんなことしたくない。でもエリならきっとこうするから……と、自分に全く合わない行動をし続ければ、いずれは破たんするでしょう。
しかし彼女が手に入れたのは、エリの容姿だけ。
シキがほしかったものは理想の容姿だけではありません。
エリのファッションセンス、服のデザインを考える能力、頭の良さ、そして周囲の人全員から愛されるだけの人望。
これら全てでした。
ですがシキの根底にある願望は、先ほど言った通りエリになることではありませんでした。
自分を好きになることです。
せっかくほしい物が手に入ったはずなのに、中身は変わっていないから、大嫌いな自分から変われない。こんな自分を好きになれない。
だからこそシキは変われない自分に絶望し、生きかえることに恐怖さえ感じていたのです。