主人公桜庭音操の一人目のパートナーです。
にゃんタンというシキ特製のぬいぐるみをサイキックで動かし、敵を攻撃します。
ただしそれ以外のサイキックは一切使えないため、回復など細々した対応はパートナー頼みとなってしまいます。
裁縫が得意で服を自作することができ、ボタン付けの腕の良さはネクさえ褒めるほど。
親友エリと二人でファッションデザイナーになることが、彼女の将来の夢です。
(※以下の文章でシキ編X日と書くとややこしいので、日付のみ書いています。特に注意事項がない場合はシキ編の話をしていると思ってください)
シキは他人の立場に立って物事を考えることができる、優しい性格をしています。
シキ編2日目でミッションを解くためにシキは積極的にネクに話しかけます。
ひたすら無視されるかたまに口を開ければ怒鳴られたり突き放されたりとかなりとんがった言動が返ってきます。
ネクはミッションに詰まった時、自分から死神に話しかける頼もしい面があるかと思えば、思わぬ協力者のビイト達の申し出をにべもなく蹴ることもあります。
生き残るつもりはあるようだけど、他人と協力するのは嫌、むしろパートナーの私自身さえ疎んじているネクの思惑を、シキは測りかねています。
ビイト達と喧嘩別れした後、とにかくミッションクリアを優先し、モヤイ像前まで進みます。しかし壁があり通れません。
死神はクエストを繰り返すばかりで、どういう意味か問いかけても全く答えてくれません。
あやうく立ち往生しかけてしまうのですが、ネクのおかげで壁は解除でき、先に進めるようになります。
その時にシキは壁を解除する方法が分かったのはどうして? とネクに尋ねますが、相変わらず無視されてしまいます。
像の呪いを解くことはミッションにも関わってくるので、ぜひ聞いておきたいところですが結局シキはそれ以上追及せずに話を終わらせます。
このやり取りだけ見ると、朝からネクに散々無視され怒鳴られ突き放されて、シキが委縮して追及をやめてしまったように見えますが、違います。
シキはネクがどう思っているのかを考えた上で、あえて追及しなかったんです。
自信がないから消極的になっているだけで、シキはおとなしい性格ではありません。
意外に正義感が強く、間違ったことは訂正しようと躍起になる面があります。
例えばシキ編2日目で、モヤイ像をモアイ像と間違えるネクに、『モ・ヤ・イ・像!』『モ・ヤ・イ!』(1)と度々訂正しているところ。
口を開けば怒鳴りつけ自分を無視する相手に、些細な言い間違いで食い下がれる人もあまりいないでしょう。
そしてボタン付けをするために、公衆の面前でネクのズボンを脱がせたシーンなどは印象深いです。
いくら外れかけのボタンが気になるからと言って、わざわざ異性のズボンを脱がせてまでボタン付けをするということはなかなかできません。
ここにもシキのこだわりの強さ、融通の利かない面があります。
もちろんシキも対して親しくない人間に、服を脱がせてボタン付けを強要することはないでしょう。
ある程度一緒に苦楽を共にしネクと親しくなったからこそ、ボタンを付けてあげたい! という親切心が出てきたのでしょう。
そして正義感が強い故に、衝突することもあるようです。
4日目にライムが死神の手にかかり消滅してしまいます。
それを見て、シキが自分たちにも何かできたはず。これは私達全員の責任だと言います。
ですがネクは仲間の消滅に耐えられず、協力なんかしなければよかった、やっぱり他人との繋がりなんかいらないと言います。
これはネクなりの自己防衛なのですが、傷付いたシキにそこまで思いやれる余裕はなく、冷たいネクの言動に、思わずネクのことをあまりに冷たすぎる、そんなの死神と同じだ! と非難してしまいます。
そんなシキではありますが、決して嘘を吐いたり他人を陥れたりはしませんでした。
いいところも悪いところもあるシキの性格が、ネクとの決裂を生みます。
シキ編二日目で、ネクは突如現れた八代卯月に「パートナーを消さなければ、ネク自身が消滅する」という偽物のミッションを与えられます。
当然躊躇するのですが、卯月はさらにシキのことを死神側のスパイだと言って、消滅させるよう煽ります。
必死で弁明しようとするシキでしたが、今度はいつも携帯電話を触っていたことから、もしかして死神と連絡していたのか? とシキへの不信感を一気に爆発させます。
携帯電話を見ていたのには、理由があります。後々理由は明かされますが、それはシキにとってのアキレス腱も同じ。
まだ信頼関係を築けていないネクに、教えるわけにはいきませんでした。
適当な嘘をでっちあげることもできますが、頭のいいネクはすぐに見破ってしまうでしょう。
ましてやただでさえ他人を拒絶し、死神のゲームにいきなり放り出され疑心暗鬼になっていたネクです。
ネクが発するただならない雰囲気から、シキは心から本当のことを話さなければ絶対に信じてもらえないことに気付いてしまいました。
そして二日間行動を共にしていたシキは、ネクの頭の回転の速さにも気付いていました。
絶対に嘘やごまかしが通用しないことにも勘付いていたでしょう。
シキは非常に追い詰められた状態になってしまいます。
頑張ってネクの説得を試みていましたが、ネクに携帯電話のことを指摘された途端言葉少なになってしまいます。
本当のことも話せず、嘘もつけない。
そんな窮地に追いつめられたシキが、唯一絞り出すように言えたのが、『やめてネク…私を殺さないで…』(2)という命乞いだけだったのです。
敵の死神に追いつめられ、信頼すべきパートナーにさえ疑いの眼差しを向けられ、シキは相当怖い思いをしたのではないでしょうか。
シキの消滅を煽る卯月によって、ついにネクはシキを消滅させようとサイキックを発動させます。
それもサイコキネシスでシキの体を空中に持ち上げて窒息させる、というなかなかえげつない方法です。
ネクがあの時点で持っているのが炎が発動するパイロキネシス、敵に光の弾を飛ばすバレットショット、ショックウェイヴ(斬撃)、尾藤兄弟から受け取ったHP回復バッジ、そしてサイコキネシスのみ。
バッジのほとんどが、人体に使えば重傷を負わせるのが確実なものばかりでした。
その中で唯一殺傷能力が低く、かつシキを攻撃できるのがサイコキネシスでした。
サイコキネシスを選んだことこそ、ネクのためらいの証であったと言えます。
後々明かされますが、一部の例外を除いてバッジは戦闘以外で使用できません。
ネクが卯月の煽りに乗って衝動的にシキを攻撃しても、決して危害は加えられないはずでした。
『自分が助かりたかったら、パートナーを消せ』と無茶なミッションを出した卯月自身も、本当にからかうだけのつもりだったのではないかと推測しています。
何故ならパートナーを消滅させたくても、絶対にバッジが発動しないのですから。
だから本気でバッジを作動させて不発だった時に、「なんちゃって〜」とからかって、疑心暗鬼になる参加者たちを見て、狩谷との賭けラーメンに負けたうさを晴らしたかったのではないかと私は思います。
ですがネクが発動できるバッジを選んでしまった。
三者にとって悲劇的な事故とも言えるこの事態。
卯月が止める前に、突如現れた羽狛が三人の仲裁に入ってくれたおかげで、危機は去りました。
ネクは羽狛に独断専行を責められ、反省しシキに謝ります。
シキがされたことは、突然首を締められて息ができなくなるのと同じ。
シキに非がないのに、突如ネクに暴力を振るわれたようなものなのです。
そんなことをした相手を、謝ったからと言って許すことがそう簡単にできるでしょうか?
少なくとも一言謝られただけでは、なかなか人は許せませんし、猜疑心が生まれることの方が多いでしょう。
しかしシキはあっさりとネクを許しました。
それどころか記憶喪失であることを打ち明けたネクに、まるで自分のことのように悲しみ、ネクの戸惑いに寄り添っているのです。
何故シキはネクを許せたのでしょう。
羽狛が自分の気持ちを代弁してくれたことにほっとしたのか。
はたまた頑なだったネクが自分の過ちを理解し、心を開いて謝ってくれたからか。
それ以外にもう一点あの場でシキがネクを許した理由が推測できます。
エリの存在です。
シキは嘘もつけず、恐らく隠し事も嘘をつくことと同様、とてもやましいことと考えている節があります。
エリという秘密を黙っておく手段を合法的に手に入れることができて安堵したからこそ、ネクの謝罪を素直に受け入れたとも考えられます。
羽狛早苗という人物は、物語のキーパーソンですがシキにとっても重要な人物です。
他人なんか必要ないと心を閉ざしたネクに、シキはほとほと困り果てていました。
人が話している最中もヘッドフォンを外さないことをシキが注意したら怒鳴り、仲間になりそうだったビイト達を死神の可能性もあると言って一方的に拒絶するネク。
何度かシキはネクに歩み寄ろうとするのですが、全て無視されるか拒否されてばかりで、その内ネクに踏みこむことを躊躇します。
先に述べたようにシキは空気が読めて優しすぎる性格です。
もしもネクに攻撃された時に羽狛に仲裁に入らなかったら、シキはネクに心を開くことができなかったのではないでしょうか。
そうなれば当然ネクもシキに心を開かず、シキのコンプレックスが解消することはなかったでしょう。
そんな二人に待つのは死神のゲームでの敗北。すなわち消滅です。
あの場で羽狛が姿を現したのは、シキにとってもネクに歩み寄る大きなきっかけとなったのです。
ネクに疑惑の目を向けられるきっかけとなった、携帯電話をいじる行為。
これは親友エリと撮った写真を見るためだったことを、後々シキが白状します。
では何故シキは写真をしょっちゅう見ていたのでしょうか?
結論から言えば、シキが携帯電話を見るのは不安な時と判断に迷った時です。
シキが携帯電話を見ている場面をピックアップします。(2日目に限定)
これを見ると、ほとんど何かトラブルがあって困った時が多いです。
さらに「どうしたらいいの、教えてよ…」と困り果てた様子で、待ち受け画面のエリに問いかけている場面もあります。
1については不慣れなエリの容姿、ネクという未知数なパートナー、死神のゲームと不安な要素がいくつもあります。
そして2-5に関しては、自分勝手な行動を繰り返すネクにどう対処したらいいのか困っています。
そして携帯電話を見る癖は、ストーリーが進むごとに減少傾向にあります。
これはネクというパートナーとコミュニケーションが取れるようになったことで、シキの不安が解消されつつあったからなのかもしれません。
UGというよくわからない場所に放り込まれ、親友エリの言動をトレースしながら死神のゲームに挑む。
それもパートナーはあてにならず、不安とコンプレックスを抱えたままとなると、シキにかかる心理的負荷は尋常ではないでしょう。
また携帯電話を見た後に、必ず気を取り直して明るく振る舞うという特徴があります。
エリの写真を見ることで、本来のシキからエリ人格に切り替えるスイッチにもなっていたからでしょう。
何かトラブルが発生し不安で引っ込み思案なシキが出てしまう→携帯電話を見る→明るくリーダーシップのあるエリのように振る舞おう
というようなサイクルがシキの中にあったのかもしれません。
RGにいた時はエリの、UGにいる頃はネクの誘導を待つ。助けがないとパニックを起こしてしまうという傾向が強いようです。
特にシキ編2日目がわかりやすいです。
例えば冒頭の壁に阻まれ渋谷駅ガード下に閉じ込められた時。
その日は出会ったばかりのネクと打ち解けるために、シキは積極的に話しかけていますがネクは全て無視して、考えごとに沈みこんでいます。
送られてきたミッションは『像を呪いから解き放て』(3)。
ミッションの意味が分からず、肝心のハチ公への道を閉ざされ、シキは既にパニック寸前です。
そうすると自分で考えることを放棄し、ネクにぼーっとしていないで何か考えて! と当たってしまいます。
UGでは頼りにする対象がネクになっています。
自分より優れた誰かについていけば、間違いはないと思っている節があります。
裏を返せば、シキは自分自身を信用していないとも言えます。
エリの何気ない一言で自分の存在意義が揺らいだことから、その点がよくわかるのではないでしょうか。
パートナー契約した当初は、エリのように積極的に振る舞ってみても空回りしてしまい、すぐに元の消極的なシキに戻ってしまいます。
が、ネクと信頼関係を築き始めた頃は、シキは少しずつ自分の意見をしていきます。
ネクと連携できるようになり、仲間もできた4日目では、マルシーに行く誘いを無視したネクをかなり強い口調で怒ったり、ボタン付けをするためにネクのズボンを無理矢理脱がせたり……。
が、後々シキ自身がエリみたいに振る舞っていたが結局エリにはなりきれなかったと言っている点から、元々のシキは自分から何かを提案しぐいぐい周りを引っ張っていくタイプではなかったようです。
だからこそ、エリの写真を見て「エリならこんな時どう対応するか」を自問自答していたと推測できます。
「いつもエリに助けられてた。エリってすごいんだ。明るくて友達も多いし…、
クラスでも人気があるし…、かわいい服もデザインできるし、
私に服作りを始めるキッカケを作ってくれたのもエリなの。作りかけのにゃんタンを見て声をかけてくれたの…。
裁縫上手いねって。
それから少しずつ話すようになって…、一緒に服を作り始めたの。」 (4)
エリはシキ曰く頭がよくてクラスで人気がある人物です。
頭が良い=成績優秀と仮定すると、クラスの中心にいて成績優秀なシキはクラスメートだけでなく教師はじめ大人からも信頼を得ていたのかもしれません。
エリはリーダーシップもあったのでしょう。
またシキやエリの言葉から、シキとは正反対の性格だったようです。
大人しめなファッションのシキとは逆に、エリは露出が多く派手な服も着こなします。
全く異なるタイプのシキに、裁縫上手だねと褒めてそこから友好関係を深められるエリですから、あまり物怖じせず、知らない人にも積極的に話しかける明るい人柄だったようです。
特にシキ編6日目で親友シキとは面識のない友人がいたことから、クラスや学校に拘らず広い交友関係があることが窺えます。
話は変わりますが、シキの両親や家庭環境については、作中で触れられる機会は全くありません。
が、作中で気になる点があります。
十五歳のシキが『A-EASTに何度か来たことがある』という点です。
A-EASTのモデルとなったライヴハウスの周辺はラブホ街となっています。
そしてライヴが行われる時間帯は十八時以降が多いです。
その時間に我が子をホテル街の中にあるライヴハウスへの外出許可を、保護者からもらうのはなかなか難しいのではないかと思います。
ましてや嘘をつくのが苦手なシキであれば、なおさらです。
ですので特別に許可をもらえるきっかけがあったのかもしれません。
それがエリなのではないかと私は推測します。
15歳という思春期が始まり、人見知りをする人も多い中、明るいエリがシキの家にやってきて両親を説得したからこそ、ライヴハウスへの外出許可をもらえたのかもしれません。
こう書き出してみると、シキがエリに憧れて嫉妬を募らせていた理由も判る気がします。
人は誰しも自分の中に価値観があります。
いわゆる人が何かを決める時に必要な考え方です。
物差しと言われることもあります。
成長と共に育っていくのが物差しですが、時として度が過ぎて偏見、固定観念となってしまうこともあります。
その物差しがシキの中で成長していないのです。
シキには自分の考えがあまりありません。
困ったことがあると、シキは他人任せにする傾向があります。
シキのことを正義感が強いと言いましたが、より正確に言えば迷った時は『正論』を元に行動しています。
困っている人には手を差し伸べましょう。
仲間を大切にしましょう。
嘘をついてはいけません。
困った人を見かけたら話を聞いてあげましょう。
力になれるならできる限り力になりましょう。
3日目にデスマーチの777からいなくなったスタッフを探してほしいという依頼に応じますが、自分達だって本当は生きかえりの座をかけた死神のゲーム中。
本当なら一分一秒だって惜しいのに、自分の大事なことを後回しにして、他人を最優先にしてしまう。
ネクにお人よしと思われてしまうほどです。
ここまで親しくもない他人に献身的だと、少々危うく感じてしまいます。
これではまるでシキに本当に自我がないかのようですが、実際にはいくつか作中でシキの物差しが登場します。
取れかけのボタンはその場ですぐに縫い直さないと気が済まないこと。
裁縫好きでかつファッションに強い関心を持つシキにとって、取れかけのボタンなんて言語道断。
人前でズボンを脱がせてでもボタンを縫い付けます。
シキはエリの影響を受けて、ファッションに強いこだわりがあり、打ち解けてた中の人にはアドバイスをするほど。
2日かけてもほとんど心を開かなかったネクに、4日目にファッションアドバイスをするのですから、そのこだわりの強さがよくわかります。
明らかに嫌そうにしているネクを見て、あっさり引く、押し付けがましくない程度にアドバイスを留めるなど引き際も知っている点が、シキの思いやりであり優しい面の表れです。
「ちがうよネク。仲良くするためにウソをつくんじゃないよ。たしかにウソをつくことはよくないことだよ。でも…仲がいいからウソが必要なときもあるんだよ。親友だから隠しておきたいこともあるんだよ。」(5)
上記のシキのセリフはシキ編5日目終盤に登場します。
不運なすれ違いから仲たがいした女の子達の仲を取り持ち、スペイン坂から大量発生したノイズを追い払うミッションをクリアした直後のことです。
「仲良くするためにウソをつくような関係のどこがいいんだ」と断じたネクに、シキが悲しそうに言うのです。
シキ自身の価値観として出てきたのが、上記の人間関係を円滑に進めるためには嘘や隠し事もやむなしという物差しです。
本音と建て前、雄弁と沈黙を上手く使って、人は人と関わります。
もしも自分の思ったことをそのまま言えば、相手や自分を傷つけてしまうことが多いでしょう。
ですからシキの主張は至極まっとうなのですが、シキ自身がどこか後ろめたそうな様子なのです。
この時のシキは仲違いした女の子達に自分とエリを重ねています。
仲違いこそしていませんが、シキはエリとの友情を維持するために、内心では嫉妬を募らせていました。
ですがそんなどす黒い感情をあけっぴろげにしてしまえば、エリとの関係は保てないと思ったシキはひたすらに隠そうとします。
人間だれしも隠し事の一つや二つはあるものですが、シキの良心はそれを良しとはしませんでした。
ネクの言葉にシキは、自分の弱い部分を否定されたかのように思ったのです。
死神のゲームがついに終盤へさしかかった六日目、ついにシキの秘密が明かされます。
「エリになりたかった」と吐露するシキ。
「結局、自分がいちばん大切なんだろう? だから嫉妬する。」(6)と東沢に指摘され、自分の嫉妬とコンプレックスという醜い部分を直視し、絶望します。
自分が一番大切なのはどの人間にも言えることです。
他者のために無償の愛を注げる人間など、本当に稀な例です。
シキの中に、無意識に自分を優先することは悪いこと。他人に優しさを与えることが良いことという固定概念があるようです。
もっと言えばシキの様子を見るに、人に認められるためには優れていなければならないと思っている節があります。
自分に何の取り得もないと思っているシキは、誰かに気に掛けてもらいたくて「良い子」であろうとしたのかもしれません。
それを東沢に見透かされ、指摘されてしまったことで、シキはショックを受けてその場から逃げてしまったのです。
シキは自分を「エリに嫉妬していただけ」と言っていますが、全く努力をしていなかったわけではありません。
夢を実現させるためにデザインの勉強を独自に始めています。
裁縫ができること自体がすばらしい特技なのですが、シキは全くその点に目を向けられませんでした。
恐らくこれは周囲の反応に影響を受けている可能性があります。
人気者のエリがかわいい服をデザインしたとクラスで触れ回れば、当然エリに注目が集まります。
対するシキはあまり自分のことをアピールするのが苦手です。
恐らくエリが『シキが縫ってくれたの』と言ってはくれるでしょうが、注目や称賛はエリが一身に浴びるばかり。
純粋にクラスメイトが製作した服を見たい者もいれば、中には人気者のエリと話をするのが目的で集まっているクラスメイト達もいるでしょう。
そしてシキにとっての裁縫は、できて当たり前で一般的な『趣味』だから、称賛される価値はないのです。
褒められるべきは、服のデザインができない私じゃなくてエリ。でも羨ましいな。
いつか私も彼女のような人気者になりたい。誰かにすごいねって言ってほしい。
そんなことを考えながら、横目でエリを見つめるシキが目に浮かぶようです。
裁縫は立派な労働であり特技です。
布を裁断して細かい手元を見ながら様々な縫い方を駆使しつつ、一着の服へと完成させる。
とんでもない手間と労力、資金がかかります。
ましてや実際に着用できるクオリティに仕上げるとなると、相当の腕と洋裁に関する知識が必要です。
しかもシキの着ていた自作の服は、死神のゲームという過酷な環境下に置かれていても、ほつれたりボタンが取れたりした描写はありませんでした。
このクオリティの高さはエリのデザインセンスだけでなく、シキの裁縫の腕の良さあってこそなのです。
エリも自分の服が形になるのは、シキがいてこそだと認めています。
昔のお母様方は、自分の子供のために服を手作りすることが多かったようです。
大分前にアニメちびまる子ちゃんでもこんな話がありました。
主人公のまるちゃんが親友のたまちゃんとお揃いのコートが着たいとねだったため、お揃いのコートをお母さんが作ることになります。
まずは二人の要望を聞いて使う布や胡桃釦の形を吟味して購入。
その後型紙を作って布を裁断して縫って……と、コートが完成するまでに本当に沢山の時間、お金、労力がかかっています。
では何故まるちゃんのお母さんが時間や労力を惜しまず服を作ったのか?
我が子の喜ぶ顔が見たいからです。
我が子が喜んでくれることこそが、お母さんにとっての対価なのです。
シキとエリがどういったやり取りを経て服作りをしていたのかは不明ですが、まだおこづかいでやりくりする年頃です。
お金だけでなく、時間も有限です。
シキ達は学校に通っています。
毎日午後五時以降なら創作活動に時間を割けると仮定しても、宿題や授業の予復習もしなければいけないですし、お裁縫に注げる時間は限られています。
公立校なら土日休みですが、私立校だと土曜日も登校する所があります。
そうなるとより裁縫に使える時間は減ってしまいます。
シキだってデザインや裁縫は好きだけど、他にも遊びたい、マルシーに買い物に行きたいのをぐっと堪えて裁縫を黙々とこなすこともあったでしょう。
もしかしたら睡眠時間を削って、裁縫していたかもしれません。
そんな我慢と努力を重ねて、やっと一着の服が完成するのです。
ここまで努力しているのなら、シキ自身が注目を浴びたい、褒められたいと思うのはごく自然なことです。
なのにエリばかり褒められるなんて、あまりに納得できない。
これではシキが不満を感じるのも当然です。
裁縫や洋裁は立派な労働と言いましたが、シキは決してお金を求めているわけではありません。
ただシキ自身がこれだけ頑張ったことを、労働の対価としてエリにそして誰かに認めてほしいのです。
エリ“だけ”が称賛されるなんて、まるでシキの努力そのものが無視されているようではありませんか。
悲しいことに、シキの努力は自己否定から始まっています。
それはシキの『こんな私…好きになれないよ。』(8)というセリフから、読み取れます。
自分を好き! と思えることは、自分を肯定できている状態です。
今のシキは何をしても自分を肯定できない状態にあります。
先ほども記した通り、シキは努力をしていました。
限られた時間で将来の夢に向けて服を作り、デザインやファッションの勉強をする女の子を、何故「嫉妬だけを募らせる」と言えるでしょう。
シキは先ほども述べた通り、自分の物差しがありません。
裏を返せば他人の評価によって、美咲シキの価値観が決定してしまう傾向が強いとも言えます。
東沢の言葉に誘導され、シキは「私はエリに嫉妬していただけ、本当は自分が一番大事な駄目な人間だ」と責めています。
何故ならシキは自分のやることなすこと、全てを否定してしまっているからです。
自分の努力を肯定できれば、今日はこれだけ頑張った!と自分の努力を認めることができますが、シキは自分自身を否定してしまっていること、さらにエリと自分を比較して評価を下しています。
だから「これだけ頑張ってもエリには届かない。やっぱり私は駄目なんだ。成果が出ないなら、こんなの努力なんて言えない。もっと頑張らなきゃ」と、いつまでも終わらない努力と自己否定が延々とループしてしまいます。
シキは自分の努力を頑張ったね、えらいねと認めることさえできない精神状態にあったのです。
この自己否定のループこそが、シキを苦しめ続けていたのです。
そもそも何故ここまでシキは、ファッションや服のデザインに執着するのでしょう。
シキは自分を過小評価しているため、自分の取り得に気付ていません。
親友のエリは、シキにとってはまさに越えられない壁のようなものでした。
ですが、シキとエリは「親友」です。
親友であるからこそ、いつかエリと対等の関係になれることをシキは切望していました。
シキは服のデザインこそがエリと対等になれる唯一の手段と考えていたのです。
服のデザインについては、将来ファッションデザイナーになる夢をかなえるためにも、どうしてもエリと同じくらいかそれ以上のスキルを欲していました。
そしてクラスメートから羨望のまなざしを集めるエリを見ていると、皆服の裁縫の出来より、エリの「デザイン」にばかり注目していたのかもしれません。
作中でシキの裁縫を誰かに褒められたことは、ほぼなかったようです。
誰かに肯定されたことがないシキに「裁縫上手だね」と初めて褒めてくれたのが、エリだったのでしょう。
自分が嫌いだったシキを初めて肯定してくれたエリは、シキの知らないファッションの世界、ファッションデザイナーという夢を教えてくれます。
シキにはさぞ魅力的に見えたでしょう。
シキにとって、ファッションは将来の夢であり、自分に絶望していたシキに与えられた希望とも言えるでしょう。
シキの夢を作るきっかけになったのはエリです。つまりエリの方がファッションに関する情報量が多いです。
シキがスタートラインに立った時点で、エリは大分先にいるのです。
そんな相手にすぐに追いつくというのはよほどの努力と才能がなければ難しいです。
当然シキ自身も、エリとの力量差に気付いていたでしょう。
なかなか追いつけないことに焦りを感じ、自分のコンプレックスの沼に足をずぶずぶ沈めながら、日々努力していました。
そんな中、シキはパートナーのエリから衝撃の一言を告げられ、絶望するのです。
ネク達に出会う前のシキは、彼女を肯定してくれる人がいませんでした。
と言ってしまうと、少し語弊があります。
現実エリはきちんとシキの美点をきちんと把握して、親友として将来の夢のパートナーとしてシキを認めていました。
もしかしたらエリ以外にも、シキを認めてくれていた人がいたかもしれません。
しかし追い詰められたシキの耳には、そういった声が届きませんでした。
シキは失意のまま死亡し、UGへやってきたシキは桜庭ネクというパートナーを見つけました。
ネクは無口でぶっきらぼう、かつ嘘が大嫌いでとても気難しい性格をしていました。
そんなネクがシキを手放しで褒めるシーンがありました。
4日目のマルシーでシキが自分の身の上話をするシーンがあります。
今着ている服が自分の手造りであること、そして将来の夢があること。
その2点を聞いて、ネクは純粋に感心し将来の夢を持つ羨望の眼差しをシキに注ぎます。
またシキの裁縫能力を言葉少なにネクは褒めています。
「そうなのか!? すごいな…売り物だと思った」「早い…それに…うまい」(7)
嘘やお世辞が大嫌いで、はっきり言ってしまう性格のネクから褒められるというのは、とても大きな意味があります。
シキに贈った言葉は、ネクの心からの賛美の証なのです。
シキはせっかくネクに褒められても、さらっと流してしまいます。
特に4日目時点のシキは、裁縫が上手という特技を全く認めていませんでした。
また、『エリ』というブランドにこそ意味があり、作り手の美咲四季というブランドはまだまだ無名でちっともすごくないと思っています。
ですが、ネクはエリのことなど知りません。
純粋にシキを見て、評価しただけなのです。
内心では「俺はせっかくお前のすごさを認めて褒めてやっているのに、こいつは全く認めないんだな」と、思ったかもしれません。
そんな思いが積もり積もった結果、ネクの中でシキへの不満が爆発したのでしょう。
『成り代わる@その人の代わりとなる。代理を務める。A他のものに変化する。変わる。』(9)
エリになりたかったとシキは言いましたが、この発言は「エリのような人になりたかった」と「エリに成り代わりたい」の二通りの意味に取れます。
シキが意味したのは後者の『エリに成り代わりたい』に近かったことが推測されます。
シキ編6日目に自分の感情をネクに吐き出すのですが、エリが、エリが落ち込み続けるシキに、ついにネクが怒ります。
「おい、いいかげんにしろよ。おまえはいったい誰なんだ?」
「おまえは…おまえだろ。おまえはエリじゃない。だからエリにもなれない。おまえはおまえにしかなれないだろ。」(10)
ネクの言っていることはごく普通のことなのですが、シキは上記のことをわかっていなかったようなのです。
シキは努力さえすれば、エリそのもの(美咲シキ=エリ)ないしはとても近しい存在(美咲シキ=エリ')になれると、本気で信じていました。
ですが他人と全く同じコピーになることなど不可能です。
何故なら人には個性があるからです。
ある程度エリを真似ることはできても、完全なエリに成り代わることなどできません。
あまりにかけ離れた個性のエリを真似続ければ、破たんするでしょう。
そんな当たり前のことに気付かないくらい、シキは追いつめられていました。(2017/9/1削除)
エリにならないと誰も認めてくれない、愛してくれない。
真面目なシキだからこそ、本気でエリになろうとしたのでしょう。
そのために嫌いな美咲シキの個性をとことん否定し続けていたのかもしれません。
シキにとっての一番の問題は、自分自身を認められないことだったのです。
ずばぬけたデザインセンスを持ったエリと、それを実現するだけの裁縫能力があるシキ。
二人は抜群のコンビネーションで今まで活動していました。
そんな二人の関係に決定的な亀裂が入ったのは、エリの何気ない言葉でした。
「シキはデザインより裁縫の方が向いてる。デザインやめたら」(11)
もちろん悪意があってかけた言葉ではありません。
エリにとっては慣れないデザインに苦しみ悩む親友を慮ってかけた言葉でしたが、これにシキは「エリに愛想を尽かれた」と思いこむほど絶望しました。
どうしてこの二人の間で齟齬が発生しているのでしょうか。
シキは自分の夢を語る際、『私たちの服を着てほしい!』と言っています。
つまりシキの将来の夢は、エリと二人でファッションデザイナーになりたい、コンビで活動したいということです。
服のデザインはエリにできますが、裁縫はシキにしかできません。
だからエリにとって二人でファッションデザイナーになる際、デザインはエリ自身、裁縫はシキと役割分担をしようと考えていたのではないでしょうか。
(もちろん二人でデザインできればデザインの幅が広がるけど、適材適所が一番いいよね)と思っていたのかもしれません。
特に服のデザインがうまくできず悩むシキを、エリは気に掛けていたのでしょう。
悩む親友を見て、だったらデザインの得意なエリ自身がデザインを一手に引き受ける方が、シキにとってもストレス軽減になると思い、上記の助言が出たのかもしれません。
この二人の不幸は、意見交換をしていなかったことです。
もしも二人が将来のことや互いをどう思っているかを徹底的に話し合っていれば、悲しいすれ違いは起こらなかったはずです。
エリの対等な親友になりたかったシキ。
実際にはエリは既にシキを対等な存在として尊重し、シキにしかない取り得を見抜いて密かにうらやんでいたほどです。
ですが最悪のタイミングで、シキは事故に遭い亡くなってしまいます。
シキが死神のゲームに参加しなければ、あのタイミングでエリと鉢合わせしなければ、ずっとすれ違ったままだったのかもしれません。
長い間自分の本心を聞けなかったシキは、どうなるでしょう。
人はすぐに変わることはできません。
長い時間と努力が必要です。
まだ自分の中の物差しができていないシキにとっては、RGにかえってからが本当の意味での戦いが始まります。
世の中には色んな価値観が存在し、その中から取捨選択しなければならないのです。
特に今まで色んなことを人任せにしていたシキは、選択することを苦痛に感じることもあるでしょう。
ですがRGにはネクやビイト、ライム、そしてエリという頼もしい仲間たちがいます。
つまずくことがあったとしても、お互いに支え合いながら、自分で選択することの楽しさを知っていくことでしょう。