積み上げる幸福

オブジェを初めて見たのは、まだ私が参加者だった当時のことだった。
確か死神のゲーム、開催三日目くらいのそろそろノイズの撃退方法にコツがつかめ、パートナーとも打ち解け、周りを見渡す余裕ができた頃だった。
場所は104のある辺りだったと思う。

人が大勢行き来する広い通りに、車やら看板やら信号機やら、世間一般にはガラクタと呼ばれる代物が、ドカドカと無差別に積み重ねられた、ガラクタの小山が鎮座していた。
「何だろうな、これ」
「わからない」
「すごいな……」
「すごいね……」

パートナーの男の子と私は、ぼうぜんと小山を見つめていた。
小山の大きさは両腕を広げたくらいで、高さは私の背丈と同じくらいだった。
「誰が何の理由でこんなものを作ったんだろう?」
「むしろこれはゴミ集積所なんじゃないか?」
「こんな大通りのど真ん中に集積所なんか作ったら邪魔じゃない? というか、ゴミ集積所にしては、汚れてないし変なニオイもしないし、キレイだよね」
「じゃあやっぱり誰かが作ったんかな……」

うーん、とパートナーとうなり合う。
大通りのど真ん中にこんな物が置いてあったら、往来の邪魔にならないのだろうか。
いやむしろ、何でもありな渋谷だったら、こんな謎の物体があってもおかしくない……のかも?

パートナーと小山を横目にヒソヒソ話していると、小山を人がすり抜けていった。
「これ、UGの物みたいだな」
「そうだね。じゃあこれって参加者の誰かが作ったのかな?」
「俺らにそんな余裕無いだろ。死神じゃないか?」
「じゃあこれってミッションに関係あるのかも」

などと、パートナーと話していると、ヒールの靴らしい甲高い足音がこちらにやってきた。
ウェーブのかかった金髪をなびかせてやってきたのは、メガネの女性だった。
片手に折りたたみ式の台車を持っている。
女性らしい完璧な所作と、抜群のスタイルで見目麗しい女性の容姿に、パートナーともども「おお」とも「ほう」ともつかないため息を漏らしていたが、女性の背中に生えるいかにも固そうで刺々しい羽の存在に気付いて、思わず息を止める。

死神だ。
まっすぐに私たちの方にやってきた死神の目的といえば……。
女性の目的に気付いた私たちは、慌てて手持ちのバッジを構えて、身構える。

が、なぜか女性は私たちを無視して通り過ぎ、ガラクタの小山を凝視している。
「まったく。あの新人ときたら……」

舌打ち混じりに刺のあるため息をついて、携帯電話を取り出し、耳に押し当てる。
「コニシです。104前にいます。……呼び出される理由はわかっていますね? …………。理由など聞いていません。早く片付けに来なさい」

そして五分後、女性死神の元へふてくされた顔の少年(やはりこの人も死神だった)がやってきた。
自分たちと同じくらいの年の男の子が、死神になっていることに衝撃を受けた。
ダボダボの上着にダメージ加工を施されたジーンズを履いている。
同じくダメージ加工されたキャップの下からのぞく、瞳は挑発的な光を宿している。
「ミナミモトさん」
「…………」

ミナミモトと呼ばれた少年死神は、女性死神の呼びかけに答えず、むすっとした顔でうつむいている。
「あれほど往来にゴミを捨ててはいけないと言ったのに、何度同じことを言わせれば気が済むのです」
「……ゴミじゃねえ」

ゴミという言葉に反応して、初めてミナミモト少年は女性死神の目を見据える。
怒りに燃え上がる少年の視線を受けても、女性死神は全く意に介さない。
「あなたにとってゴミではなくても、周囲の邪魔になるような場所に物を置いたら、ゴミかただの障害物にしか見えません。早く片付けなさい。ゲームマスターがお怒りですよ」

女性死神がガラクタの小山を指差し、冷たい口調で撤去を促すが、少年は無言で動かない。
「早くなさい。また処罰を受けたいのですか」

もう一度促す女性死神の声は、いっそう低く冷え冷えとしていた。

こ、怖い。

パートナーと手を握り合う。
女性が死神であるかどうかというより、怒り方が本気で怒った教師や親にそっくりだったから、怖かった。

ミナミモト少年は、聞こえよがしにちっと舌打ちして、撤去作業を始める。
小山を少しずつ切り崩し、両手にいっぱいのガラクタを抱え、女性死神の持ってきた台車に、ガラクタを置いていく。
女性死神は目をすがめて、黙々と動くミナミモト少年の背中を見つめていた。

何往復かしたあたりで、傍で事の成り行きを見守っていた私たちに気づいたらしく、ミナミモト少年とバッチリ目が合った。
「見てんじゃねえぞ! ヘクトパスカルが!!」
「私語は厳禁です。あなたは作業に戻りなさい」

顔を少し赤くして、ミナミモト少年が私たちを怒鳴りつける。

しかし、私たちに醜態を見られて恥ずかしがっている様子だったので、全然迫力がなかった。
むしろ少年の傍で監督している女性死神の方が、怒鳴ってもいないのに、威圧感がすごい。

ミナミモト少年が気になったけれど、そろそろミッションの届きそうな時刻だったので、私たちはその場から離れた。

さて、それが私とオブジェの、もっと言えばミナミモトさんとのファーストコンタクトである。
今のようにオブジェは巨大でもなく、ミナミモトさんも死神になったばかりで、まだ十四、五歳くらいだっただろう。
その当時のミナミモトさんは、私と同じくらいの背丈で、まだまだうだつの上がらないただの新人死神だったのだ。

そして私たちが無事ミッションをクリアした次の日も、その次の日もなぜかミナミモトさんと偶然ばったり会っていた。
同じく104の前で、楽しそうに鼻歌を歌いながらガラクタを積み上げていくミナミモトさん。
「また小山を作っているね」
「昨日あれだけ怒られたのにこりねぇな」

次の日。最初に会った日と同じように、同じ場所で、先輩の死神に小山の前でお説教を受けているミナミモトさん。
「昨日よりちょっと大きくなってないか? あの小山」
「確かに。私より大きくなってる」
「あんなガラクタ、どこから持ってくるんだろうな」
「さぁ……。でもすごいね」
「まあすごいけどさ。後片付けが大変そうだな」

小山を作ったり、先輩に怒られて撤去したりするミナミモトさんを、ひとごとのように傍観していたが、その次の日、事件が起こる。

104前でミッションが来るのを待っていた時だった。
まだパートナーが起きてきていなかったので、手持ち無沙汰にケイタイを弄ったり、ふらふらしていた私の肩を、背後から思い切りつかまれたのだ。
「おいっ」
「え? うわあ!」

パートナーかと思ったが、ミナミモトさんだったのだ。
いくら私と歳が近く見えるあどけなさの残る少年であっても、私は参加者、向こうは死神だ。
しかも私のパートナーは不在ときた。
ま、まずい。
「ままま、待って、待って! パートナーがまだ起きてないのぉお!」
「何勘違いしてやがる! ヘクトパスカルが!!」
「え? あ、ぅう……」

勘違い? 私の?
よくわからないけれど、私のことを襲おうとしたわけではないようだ。
ついでに訳のわからない言葉を言われた気もするけど、うまく聞き取れなかった。
「お前」
「はいぃっ!」
「いちいちビビんじゃねえよ。うざってぇ。お前、この間俺様のオブジェを見たとき『すげぇ』って言ったヤツだろ?」
「へ? え? あ、はぁ……言ったかもしれません」
「お前、ヘクトパスカルのくせに、見る目があるな。気に入ったぜ。……名前は?」
「ゆ、佐倉ユウ、です」
「ユウか……。特別に覚えておいてやるぜ」
「はあ……」

私の名前を聞いて、ご満悦そうな顔をするミナミモトさん。
ミナミモトさんは早々に鼻歌を歌いながら、私の隣に座り込んだ。
「えっと、あの、みなみ、もとさん……でしたっけ? そんなところに座らない方がいいんじゃないですか? 汚れます」
「あ? いいんだよ。細かいことは気にすんな」
「いいなら、いいですけど……」

パートナー、早く起きてぇええと内心叫んでいたが、一向に起きてくる気配もなく、またミッション通達のメールも来なかった。
死神と参加者が二人並んでいるのに、どちらも戦いを挑まず、妙にのほほんとした空気が漂っている。
「ユウ、何で俺様の名前を知ってるんだ!」
「えっ、だって、この間他の死神に名前を呼ばれてたじゃないですか!」
「そんなことで他人の名前を覚えられんのか。俺が目を付けただけあるな」
「あの、私のこと、消しに来ないですけど、いいんですか?」
「別に。つうか、俺は今、謹慎中で仕事禁止だからな」
「えっ!? 謹慎中で、表に出ていていいんですか!?」
「上の命令なんてゴミみたいなもん、知るか! 俺がまとめて捨ててやる。しっかし、あの女、俺のオブジェをゴミ呼ばわりしやがって」
「オブジェ……」

オブジェと聞いて、104前に毎日置かれていた小山を思い出す。
なるほど、あの小山はオブジェだったらしい。

その後もミナミモトさんの独り言のような愚痴を聞くに、自分とオブジェを評価してくれない周囲に不満を持っているらしい。
そして、謹慎の理由になったのもそのオブジェが理由で、巨大なオブジェを街中にドンと創って置いたため、UGが混乱したことがあったそうだ。

上の小言もなんのそので、オブジェの巨大化をもくろんでいたミナミモトさんだったけれど、ついに言う事を聞かないミナミモトさんに業を煮やした幹部が、ミナミモトさんの面倒を見ていた先輩死神もろとも謹慎処分にしてしまった。
本当は自宅でおとなしくして、反省文を書かなくてはいけないらしいけれど、「くだらねぇ」の一言で無視しているようだ。
「ミナミモトさんは、どうしてオブジェを創るんですか?」
「決まってるだろ。見たいんだよ、渋谷を。一番高いところから」
「高いところから、見てどうするんですか?」
「こんなクソみたいな街を俺様の数式でいい街にするためには、まずは現状把握が不可欠だろ?」
「クソって……、渋谷はそんなところじゃないです。いいところですよ。まぁちょっと、危ないところもあったりしますけど……」
「じゃあいいところってのが実在するのを証明してみせろよ。無理だろ?」
「む」
「どうせお前は感覚に頼って、渋谷がいいか悪いかを判断してるんだろ? 俺様はそうじゃねえ。渋谷はいろんな要素でごちゃごちゃしていて、雑音のひどい場所だ。その雑音をまとめるなり、消去するなりすれば、いずれもっといい場所になるんだ。なのに、お上はんなことをしない。だから俺様がやってやるまでのことだ」

なんだなんだ。いきなり難しい話になってきたぞ。
とりあえずミナミモトさんは、今の渋谷が嫌いだから、自分の数式とやらで渋谷を改善したいらしい。でも
「そんなこと、できるんですか?」
「できるに決まってる。だからまずはそのための状況視察のために、オブジェを創ってるんだからな」
「ちょっと、話していることが難しいですが、とりあえずミナミモトさんは世直しがしたいんですね」
「世直しだぁ?」

ミナミモトさんがジロリと私をにらみつける。
私の言葉が気に入らなかったみたいだけれど、特に反論したり怒鳴りつけたりすることはなかった。
「まあいい。そろそろ時間だ」
「オブジェは創らないんですか?」
「そうしたいところだが、監視の目がゼタうるせぇからな。今日はお前がどんなヤツか確認しに来ただけだ」
「ふうん」
「じゃあな、ヘクトパスカル」
「は、はあ」

背中越しに手を振るミナミモトさんを、私は呆然と見送る。
「呼び名、ヘクトパスカルで固定なのかな」
ぽつりと誰にともなくつぶやく私なのだった。


そして、死神のゲームは終了した。
パートナーはRGへかえり、私はUGに残り、死神になる道を選んだ。





死神になった感想は、悪役って思ったよりも大変だなあということだった。
ノイズの作り方とか書類の書き方とか、参加者の前での振る舞い方などなど、あげればキリがないほど、覚えなければいけないことがたくさんあった。

さてミナミモトさんだけれど、そんな慌ただしい日々に忙殺されて、すっかり忘れてしまった……なんてことは全くなく。
ミナミモトさんはなぜか私と接点の多い人だ。
創作活動をしようとして先輩方に怒られていたり、オブジェの素材を集めていたり、かと思えば真面目に仕事をしていたり……、いろんな場面に遭遇している気がする。

ちなみに、南師猩と書いてミナミモトショウと読むのは、死神になった初日に知った。
初見では読めないお名前だと思う。
私が南師さんの名前を覚えたところで、私の呼び名は変わらなかったのが少し残念だけれど。

南師さんとはいろいろ話しているけれど、彼の世界観が独特すぎてついていけないときもあるけど、話していて飽きない。
とはいえ、南師さんが一方的に話して、私が相槌を打つことがほとんどなので、会話のキャッチボールが成立しているとは言えないかもしれない。
それでも自分の野望を嬉々として話す南師さんは、こどものように無邪気でいきいきしていた。

そのうちにお互い忙しくなり、偶然出くわすことが少なくなると、待ち合わせをするようになった。
南師さんの作ったオブジェの前で、時間は大体お昼過ぎくらいから夕方までの間。

南師さんの話す超理論や夢物語を、日が暮れるまで語り、たまに私もどうでもいい話をしたり。
私は夢物語と言ってしまったたけれど、彼にとってそれは夢物語などではなく、目標までの青写真を話したに過ぎないらしい。

南師さんのコンポーザー打倒計画はこう。
『まずは南師さんの溢れるカリスマ性で周囲の死神たちを魅了し、実行部隊の支持を得てから幹部になり、幹部になって力を身につけてからコンポーザーを倒す』。

私が夢物語というのも、理解してもらえるだろうか。





はたから見れば、夢物語でしかない計画でも、南師さんは有言実行だった。

南師さんは着々と計画を実行し、そして、現在──。
「思えば遠くに来たものですねぇ」
「ヘクトパスカルが! だからお前は下っ端なんだよ。幹部なんざ俺にとっては通過点に過ぎねぇ。俺の目標はあくまでコンポーザーだ」

南師さんは死神になってなんとわずか一年で、幹部にのし上がってしまった。
彼の有能ぶりは確かに本物だったから、幹部に起用されるのは時間の問題と言われていたけど、異例の早さらしい。
どうも幹部入りした最年齢の記録を大幅に塗り替えたんだとか。
「そうでしたね。コンポーザーもあくまで通過点で、コンポーザーになった南師さんが、渋谷を改善するのが、本来の目的ですものね」
「だろ?」
「でも……、私にとってはやっぱり遠いですよ」
「ああ?」

チラリと南師さんを横目で見ると、南師さんは軽く首をかしげる。

南師さんは大いに成長した。
まだ死神になって1年しか経っていないのに、戦力も格段に上がったし、意表をつくような戦術を練られるようになった。

そして、体も、すごく成長した。
成長期だからなのかな。
まず背が伸び、体も筋肉が程よくついて、大人の男性に近づきつつある。
ブカブカだったいつものジャケットもジーンズも、まだ少し大きいけれど、体にフィットしている。

背が伸びただけでなく、顔つきも何というか……すごくワイルドになった。
虚西さんに叱られてすねた表情をしていた、可愛い新人死神なんて、もういない。

自分の創ったオブジェを『ゴミ山』だの、『障害物』だのと言われようものなら、凄絶な洗礼を相手に浴びせるらしい。
なので、面と向かってオブジェを侮辱するような死神はいなくなった。

南師さんが心身共に成長したのに対し、私はどうだろう。
のんべんだらりと仕事をこなすだけの毎日に、特に成長したような感じがしない私の心身。
仕事は命にかかわること。
私だけではなく、他人の命の行く末も大いに関わる仕事だからこそ、仕事に関しては真面目に取り組んできた。

けれど、南師さんのように壮大な目標を立てて、計画を実行してきたわけではない。
だからこそ、南師さんは幹部に昇進することが決定し、私は実行部隊のままなのだ。

わかってはいるけれど、やはり寂しい。
そして目標に向かって一直線に走っていく南師さんがまぶしくて、少しうらやましい。
「こうやって南師さんとお話できるのも、今日が最後なんですね」
「あん?」
「だって、幹部になったら、下っ端と話す余裕ないでしょ?」
「さっきから妙なことをブツブツ言ってると思ったら、そんなことか。おい、ユウ、今日からお前は俺の秘書だ」
「ひ、ひしょ?」

聞きなれない言葉をオウム返しする。
テレビドラマや小説で秘書が出てくることはたびたびあったけれど、現実で秘書なんて言葉を聞いたのは、初めてかもしれない。
私が南師さんの秘書?
「そうだ。まだ幹部になりたての俺じゃ、いくら優秀でも仕事が大変だろうから秘書をつけるって、メグミちゃんに言われたんだよ。で、その秘書に指名されたのが、お前だ。ユウ」
「は? ああ」

なるほど。
秘書とは名ばかりの、問題行動の多い南師さんのお目付け役に、仲の良い私が指名されたらしい。
もちろん、仕事が増えるだろうから、南師さんを補助する役目は必要だろうけれど。
「ふふっ」
「何笑ってやがる」
「いえいえ、別に。そっかー。私が秘書ですか。でも、私が秘書なんかして大丈夫なんですか? 私もそんなにはベテランじゃないですけど。上の人たちは何で私を指名したんでしょうね」
「あ? お前を指名したのは俺だぞ」
「えっ」
「最初は鉄仮面を指名してきたが、あんな女が秘書なんざゴメンだ。だったら聞き上手で少しは使えそうなユウの方がマシだろ?」
「ま、いいですよ。それじゃ」

すっと手を差し出す。
「これからもよろしくお願いしますよ。南師さん」
「……おう」

私の手を南師さんが力強く握る。
キャップに隠れた表情は、初めて会ったときのように、あどけない少年のままだった。