注意

 恋愛要素なし、死ネタが含まれます。
バッドエンドです。
渋谷の危機を知り深入りした夢主がヨシュアに殺害されるお話です。
以上のことを把握した上で、ご覧ください。





ある日、私は北虹指揮者にとある事件の調査結果を報告するため、渋谷川へ向かった時のことだ。
不運にも指揮者は不在で、ちょうど事務作業をしていた虚西さんが「北虹指揮者ならコンポーザーと打ち合わせ中ですよ」と言って、本部の奥の方にある、真っ黒な扉を指さした。

その扉は、死神なら一度は見たことがあるはずだ。
そしてどこにつながっているのかも、知っているだろう。
通称、コンポーザーの部屋。
コンポーザーが普段仕事場として使っている、渋谷川の一番奥の部屋だ。
「入っていいんですか?」
「ええ。打ち合わせの妨げにならないよう様子を見て、声をかけていただければ構いません」
「そ、そうですか」

急ぎの用事ではあったけど、さすがに渋谷で一番重要な拠点に平死神一人で入るのは気が引けて、ちらっと虚西さんを見てしまう。
「私で良ければ伺いますが」

眼鏡の位置を微調整して、虚西さんが助け舟を出してくれた。
これ幸いと用件を切り出すと、虚西さんではわからない案件だったらしく、小さく首を振りもう一度黒い扉を手で示した。

出直して来たかったけれど、「調査が終了次第早急に報告を」と念押しされていたので、渋々扉を叩く。
重々しいノック音にひるみながら、扉に手をかけた。
「そ、それでは失礼致します」
「どうぞ」

虚西さんの静かな声を聞きながら、渋谷川のさらに奥へと進む。






薄暗い通路に少し目が慣れると、色鮮やかなグラフィティが飛び込んできた。
来てはいけない場所だと、空気で感じる。
ぺたぺたと響く足音以外、何も聞こえなかった空間を進むと、話し声が聞こえてきた。
きっと北虹指揮者とコンポーザーの声だろう。
「ぶやの……崩壊が……」
「もう……に合わない……」
「猶予は……ます」

内容を把握できないが、声の調子からかなり緊迫した空気だということはわかる。
でも報告を優先して、私は声を上げようとした。
「渋谷はもう終わりだよ」

空気が凍りつく音が聞こえてきそうなほど、シン、と静まり返った。
誰か、おそらくコンポーザーの言葉に遮られ、私は口に手を当てた状態でフリーズする。

北虹指揮者も、コンポーザーも何も言わない。
数秒経って、ようやくおずおずと奥の、コンポーザーの部屋にいる北虹指揮者に声をかけた。
「失礼します。北虹指揮者はいらっしゃいますか? 実行部隊の佐倉です」

北虹指揮者がするりと部屋から出てきて、「やあこの間の報告か。ご苦労」といつも通りの冷静な態度で接してくるのだった。
普段通りに振る舞う北虹指揮者が、余計に怖かった。






三日後、私は再び渋谷川の奥、真っ黒な扉をくぐる。
「渋谷はもう終わりだよ」という言葉が頭の中でぐるぐるし、ずっと混乱していたけれど、もし渋谷に危機が迫っているなら、渋谷の死神として私も力になりたい。
だからこそコンポーザーに接触を図ろうと思ったのだ。

扉が耳障りな音を立てて背後で閉まり、色鮮やかなグラフィティの前に、ひとり取り残される。
にぎやかなグラフィティに反し、相変わらず物音ひとつせず、静まり返っていた。
ギャップがものすごく怖い。
怖いというより、畏怖の念を抱くという方が近いかもしれない。

一歩一歩進みながら、畏怖の念がじわじわ強くなっていく気がした。
この先に、コンポーザーがいる。

唐突にグラフィティが途切れ、真っ暗な空間が目の前に迫る。
初めて来て気付いたけれど、コンポーザーの部屋に、扉はないようだ。
まるで空間が切り離されたように、UGと全く違う異質な空間が広がっているのを感じる。
ノックのしようがないので、声をかける。
「失礼します。実行部隊の佐倉ユウです。コンポーザーにお話があって、参りました。コンポーザーはいらっしゃいますか?」

少しうわずった声が、渋谷川に響く。
しばらく経って、空間の奥から「どうぞ」とやや高い男性の声が返ってきた。

躊躇しながら、真っ暗な空間に足を踏み入れる。
空気が変わったのを、肌で感じた。

暗さに視界が慣れてくると、部屋の様子が見えてきた。
白くて大きな柱が二本が立ち、真ん中に赤い椅子がある。
そして椅子に誰かが座っている。

考えるまでもなくコンポーザーだ。
「失礼致します」
「やあ、ようこそ。佐倉君、だっけ?」
「はい。戦闘部隊所属、佐倉ユウと申します」 

落ち着けと念じながら、頭を下げる。
部屋の空気だけでなく、目の前にいるコンポーザーのプレッシャーに、押しつぶされそうだ。
「話があるそうだけど、早速伺おうかな」

前置きもなく、いきなり本題を切り出すコンポーザーに面食らう。
「は、はい。実は三日前に北虹指揮者を探して、この部屋の前まで来たことがあるのですが……」

とはいえ、とにかく話をしなければ進まない。
つっかえつっかえコンポーザーにここにくるまでの経緯を話す。
先日コンポーザーの部屋の前まで来た際、渋谷に危機が迫っていると聞いてしまったこと。
しかし周囲の死神たちは何も感じていない様子で、それに違和感を覚えたこと。
もし本当に渋谷が危険な状態なら、力になりたいこと。

懸命に話したつもりだったが、途中からコンポーザーはおざなりな態度になり、気だるそうに頬杖をつきながら、私を見ていた。
「それで?」

コンポーザーの冷たい眼差しと言葉に気圧され、私は呆然と見上げる。
「渋谷の危機を偶然知った君に何ができるの? 幹部にさえなれない、なる素質もないごく平凡で、なんの力もない、君に」
「で、でも、私は知ってしまったんです。渋谷が危ないなら、危機を未然に防ぐために、私達が動かなきゃいけない。だったら、まず私が!」
「『未然に』?」

フフフと冷笑を浮かべる。
さもおかしそうに笑ってみせるけれど、目元だけはちっとも笑っていなかった。
「本当に君ってどうしようもなく間抜けだね。いや、君『達』死神って言うべきなのかな?」
「何がおかしいんですか?」

こわごわ聞き返すと、コンポーザーの皮肉な笑みが、より深まる。
「渋谷に危機が迫っているって? 馬鹿だなあ。もうとっくに起こっているよ、非常事態なんて。なのに毛ほどの先ほども気付けないって平和ボケしすぎじゃない? もっとよく考えたらどうだい」
「そんな……」
「君達が気付かなかったのは、僕の調整のおかげさ。でも、勘の良い死神なら、そろそろ気づく頃合いだと思うんだけど、だぁれも気付いてくれないんだから、救いようがないよね。僕が優秀だったせいで、誰も気付けないなんてさ」

最初はコンポーザーの嘘だと思いたかった。
けれどコンポーザーの話しぶりから、ひしひしと感じる。渋谷が今、どれほど危険な状態にあるか。
「何ぼけっとしてるの? せっかく僕が渋谷に危機が迫っているっていう、重要な情報を君にあげたんだよ。さあ、君ならどうする? 考えて」
「考えてって……でも、危機ってそもそもどんなことが起きてるのかも、知らないのに」
「知らないならまずは情報を自分で集めたら? 何のために君には頭と羽がついてるのさ」

怖いという気持ちで塗りつぶされて、無様にうめき声をあげることさえできない。
「あのさあ、君一応死神なんでしょ? 『スキャン』を使えば、多少の情報は集まるとか思いつかなかったの?」

言われて慌ててスキャンを試みる。
シブヤの雑多な情報の渦にまみれ、何が有用なのか、瞬時に判別できない。
「この程度の情報を取捨選択することもできないの? もっとよく考えて」

必死にスキャンしていた私の耳に、刺だらけのため息が届く。
怖い、怖い。
「もういい。今回は末端の者に、重要な情報を与えてしまった僕の落ち度だ。今回のことは、僕にも教訓になったよ。やっぱりコンポーザーは、下々の者と接点を持ってはいけないんだね。
君もそうだろう? 無用なことに首を突っ込んではいけないって、身を持って知ったんだ。来世では、この教訓を活かせるといいね」

私の耳に響いたコンポーザーの皮肉な声は、優しく残酷なものだった。
コンポーザーが腕を私に向かって振り上げると、光の柱が私の眼前に出現した。
光の柱が私にいくつも突き立ち、そのたびに体が溶けていく。
消滅という言葉が脳裏をかすめる。

何度か修羅場をくぐり、そのたびに首の皮一枚で生き残った私だったけれど、今度こそ消える。コンポーザーの手によって。
「最期くらい、安らかにおやすみ」

コンポーザーの声を最後に、私の意識は消失した。






その日、死せる神の部屋から、コンポーザーの部屋に通じる扉が消えた。
そして死神達の間で、ある都市伝説が生まれた。

『死神本部で見慣れない扉を見つけても、決して詮索したり、中には入ろうとしてはいけない。禁を破った者は、二度と戻っては来られない』と。



審判の部屋に行けなくなった日