四季の折々

夏の花火 兼定編

 厚樫山を攻略した記念の宴会の真っ最中。

 すっかり夜も更け、宴もたけなわの中、名前が皆に花火をしようと誘ったのだ。

 庭に出て両手に持った花火を振り回す者もいれば、縁側でそれを指さし笑う者、そんな酔っぱらいの被害を避けるように庭の隅でねずみ花火を楽しむ者、月見酒と称してひたすら酒を飲む者、既に酔いつぶれている者と、楽しみ方はそれぞれだ。

 めいめい現代の家庭用花火を、楽しんでいた。

 規模の小さい家庭用花火が気に入らない者も、中にはいるようだ。
「花火って言ったらこう、どかーん! と景気よく打ち上げるもんじゃねえのか。未来の花火ってのはちんけだな」

 縁側でちびちびと酒を飲んでいた和泉守兼定が、どかーん! と手を開いたぼやく。彼にとって家庭用に売られている花火より、祭りで打ち上げられるような大規模な花火の印象が強いのだろう。
「さすがに本丸で花火を打ち上げるのは、難しいですよ」

 兼定の隣でちびちび酒をなめていた名前が苦笑するが、兼定の耳には届いていないようだ。
「江戸っ子はやっぱり打ち上げ花火だよなあ。主にも見せてやりたいもんだ」
 と独り言ちる。
「そもそも兼定さんの前の主は江戸っ子じゃなくて、多摩出身では……」
「あぁん? 細けぇこた江戸っ子は気にしねえんだぜ、主よぉ」

 軽く目を眇める兼定が握る猪口は、綺麗に空になっていた。
「あらもう空じゃないですか。どうぞ」

 名前が徳利を捧げ持つと、兼定がいい、いい、と左手と首を振る。酒は嫌いではないが、あまり強い性分ではないのだ。
 兼定の顔は赤く染まり、猪口を持つ手は行き場を失ったかのようにゆらゆらしている。

「お水、飲みます?」
 名前の問いに、兼定がこくりと首肯する。頷いたのか、酔いで意識が飛びかけているのか、判断がつきかねる動きだった。
 傍らに置いておいた水差しを傾けて、名前が湯呑に水を注ぐ。
 湯呑の中で溶けかけた氷が、カラ、と涼しげな音を立てた。

「はい、どうぞ」
「おぉう、わっりいなあ」
 兼定がへらりと笑う。
 名前の差し出した湯呑を、兼定の手が受け取った。指先が触れ合う。
 熱いものに触れたかのように、名前が慌てて手を引っ込めた。

「……いいえ」
 名前はそっと兼定を盗み見る。
 兼定の喉が上下し、美味そうに水を飲みほしている。先程互いの手が触れたことなど、気にも留めていないようだった。

 ──私は特別視されていない。

 名前の吐いたかすかなため息は、周囲の喧騒に飲まれて消えた。



 配った花火がほとんど消化された頃を見計らい、名前が隠し持っていた『とっておき』を取り出した。
 少し酔いがさめた様子の兼定の眼前に突き出した。
「では江戸っ子の兼定さんに、打ち上げ花火を差し上げましょう」
「おぉ、打ち上げるのか?」
「その通りです。この筒の先にある導火線に火をつけると、景気よくドカーンと打ち上がりますよ」
「こんなちっちぇえので、どかーん! も何もねえんじゃねえか?」

 どかん、どかんと手を開き合う二人だったが、名前はちっちと立てた人差し指を振って見せる。二人共まだ酔いが回っているらしい。
「2205年の技術を侮ってもらっては困りますよ。論より証拠。さあ兼定さん、かっこよく花火を打ち上げようじゃないですか」

 どかんと開きっぱなしだった兼定の掌に、火打石と打ち上げ花火をぽんと乗せると、あっさりと兼定は立ち上がった。
「いいぜえ、俺のいかした打ち上げ花火、見せてやろうじゃねえか!」

 言うが早いか、兼定は庭用の草履をつっかけ、よたよたと庭の中央へと歩いていく。
 兼定の手にある打ち上げ花火に目ざとく気付いた者が、わらわらと群がる。
 そして当の名前はと言えば、酔いで潤んだ目を細めて、酔っぱらい達の様子を眺めるのだった。

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刀さに企画「きみがため」様へ提出したものを加筆修正致しました。
(加筆修正:2019年4月30日
初出:2016年2月28日)

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