鴇色の幸福

 ここのところ宗三の機嫌がよい。
 具体的には、宗三左文字の軽装が支給されてから。

 大変だった。
 私の本丸は貧乏だった。戦力強化に重きを置いていたため、資源や札の備蓄はある。だが小判の備蓄まで手が回っていなかった。
 心もとない小判でやりくりしていたところに、政府から『刀剣男士の一味違った新たな装い』が提供されることになった。それが軽装。普段戦場を駆ける刀剣男士達に、少しでも心のゆとりと安らぎを、という政府からの気遣いらしい。
 ただし元々政府から支給されている内番や戦装束、寝間着と異なり、軽装は小判か仕立券と交換する必要があった。

 だから遠征で少しでも小判を蓄え、宗三左文字の軽装にあてがった。淡い色の衣装は宗三の鴇色の髪を引き立てた。
 そんな宗三は今、私の執務室にいる。書類を片付ける私を横目に見ながら、なんと珍しいことに鼻歌まで歌っている。本人は気付いていないのだろうか?

 なのでそっと指摘してやることにした。

「宗三、ご機嫌ね」

 すると宗三はふ、と顔をほころばせた。普段の皮肉めいた笑みとは異なる物だった。

「そう見えますか?」
「ええ、とても」
「あなたが僕を忘れたわけではないということを、態度で示してくれましたから」
「はい?」
「これですよ。こ・れ」

 そう言って宗三自身を指す。より正確に言えば、彼が身にまとっている着物を。
 そして小首を傾げてこうのたまうのだ。

「僕がどうでもいいなら、軽装など用意してくれなかったでしょう?」

 何を当たり前のことを言っているのだろう。宗三は私がいかに遠征先を選ぶのに苦慮し、小判集めに時間をかけたか知っている。

 何せ、近侍でもないのに時折執務室に顔を出しては、
「また僕に遠征させる気ですか? 戦ではなく? ……はぁ」
「そんなに軽装とやらが欲しいものなんでしょうかねえ」
「ええ、わかっていますよ。それで次の遠征先はどこです」
  等々、小言と不満と溜め息をこぼしていたのだ。

 宗三左文字。私の言うことを聞きはするが、意外に扱いにくい相手なのだ。

 戦事と直接関連性がない小判集めに熱中する私を、冷ややかに見ていたのは宗三である。
 さて、宗三の不満を背に、遠征で何とか一人分の軽装と引き換えられるだけの小判を手に入れられた。その時、私は真っ先に宗三左文字の軽装を選んだのである。

 ──また余計な物を買ってと小言を言われるかと思った。「僕を着飾らせるなんて、どういうつもりですか」と皮肉を言われるのも覚悟していた。

 しかし私の予想に反して、今目の前にいる宗三は、平素より機嫌がよい。控えめに言って、嬉しそうである。
 宗三が両手で着物の裾を大事そうにそっとつまんだ。

「せいぜい大事にしますよ。この着物」

 そういうと、宗三は艶やかに笑ってみせた。

「そう言ってもらえて嬉し──」

 最後まで言い切る間もなく、するりと両腕を私の首に回す。そのまま流れるように私を床へと押し倒した。

 宗三は躊躇することなく手と手を繋ぎ合わせ、私の身体を床に縫い付ける。宗三は一瞬笑みを深めると、私の耳元で囁いた。

「ありがとうございます」

 返事をしようと口を開こうとしたら、宗三はやれやれと首を振った。

「あなたは御存じないようですから教えてあげますが、こういう時は何も言わずに身を委ねるものなんですよ」

 顔に互いの息がかかるほど、宗三の顔が近付く。その後の展開を予想して、私は体の力を抜いた。



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2020年5月5日

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