焼肉パーティ

 じゅうじゅうと肉の焼ける音が耳を擽る。ジューシーな香りが食欲を増幅させる。今夜は焼肉パーティだ。
 今夜は本丸総出で焼肉をしている。暖かい季節なら本丸の庭でバーベキューをするものだが、今の季節は冬。さすがに寒いから大広間で少人数に分かれてホットプレートを囲んでいる。席順はくじ引きで決めた。私と同じちゃぶ台を囲んでいるのは堀川国広、山姥切長義、大倶利伽羅、小竜景光、秋田藤四郎だ。
 さて一口に焼き肉と言っても、個性が出るようだ。「皆さんちゃんと食べてますか? そっちのタンが焼けてますよ」と周囲に気を配るもの、「タンはさっき食べたから他のものが食べるといい」とさりげなく譲るもの、「おっ、こっちのレバーも美味そうだねえ」と肉をどんどん焼いていくものと様々だ。
 幸いにもこのテーブルでは肉の取り合いが起こっていない。皆思い思いに譲り合いの精神で肉を食べている。自分の分を野菜で囲って焼こうとするものもいたが。
「主君、お肉は食べられましたか? レバーがありますよ!」
「レバーはそんなに得意じゃないから、秋田君食べちゃって」
「わかりました」
 ぱくりと秋田がおいしそうに焼き立てのレバーを頬張る。
 その横で主はカルビに箸をつけていた。
「たまにはこういうのも悪くないね」
 にこりと小竜が微笑む。
「そうですね、皆で焼肉、楽しいですね!」
 堀川が賛同する。
「そうだな」
「はい!」
 長義と秋田も同意した。
「主さんはどうですか? って聞くまでもないか……」
 主に向き直った堀川が呆れた様子で笑う。主は大きめのカルビに悪戦苦闘している様子だった。
「色気より食い気かい? 俺はそういうのも嫌いじゃないけど、たまには色気を振りまいてみたらどうだい?」
 肉に夢中な主を小竜がからかう。
「色気ってそう沢山の人に振りまくものじゃないでしょ。お愛想じゃないんだから」
「なるほどごもっとも。じゃあ主に特定の相手はいるのかい?」
 主が何も言わずに黙り込んだ。しん……と沈黙が周囲を包む。すると慌ただしい足音が主の元へやってきた。
「主、空いたお皿をお下げしますよ」
 へし切長谷部だった。
「ありがとう」
 主がここぞとばかりに長谷部に皿を渡す。話題を逸らしたいのだ。
「何を話していたのですか?」
 長谷部の問いに主は再び黙り込んだ。動向を見守っていた小竜が応えた。
「主に決まった相手はいるかと聞いたんだ」
「ほう」
 長谷部が挑発的に笑った。
「主の極めて個人的な事情を貴様に言うはずがないだろう無礼な奴め主こんな輩と同じ卓を囲う必要はありません! こちらへどうぞ!」
 一息に言い切った長谷部が勢いのままに主の腕を掴んで立ち上がる。
「え?」
 主は腕を引かれるままに立ち上がり、そのまま連れて行かれた。その先は長谷部の座っていた席の隣である。
「あんなでりかしーのない連中とよりもこちらで食べた方が主も落ち着くでしょう。さあどうぞ、お座りください」
 主はこれ幸いとこちらの席に移動することにした。
「デリカシーのない奴がなんか言ってるぜ」
 向かいの席の和泉守兼定が笑いながらハツを齧っている。
「黙れ」
 長谷部が恐ろしい形相で兼定を睨む。
 かと思えば
「主、カルビが焼けましたよ。どうぞ」
 と主ににこやかに笑いかける。
「そうそう。さっきから主の方見てそわそわしてたんだよ」
「長谷部は君の取り皿まで用意して待ってたんだから、長居してやれよ」
 同卓の不動と鶴丸が茶々を入れる。
「えっ、そうなの?」
 主は驚いた様子だ。長谷部が自分を待っているなど気付いてもいなかったのだ。
 主が長谷部の方を見ると、長谷部は肉を喉に詰まらせたようだ。主が長谷部の背中をさする。
「大丈夫? 長谷部。ごめんね、気付かなくて」
 げほげほと咳き込み、ようやく落ち着いたらしい長谷部が、涙目で二人を睨みつける。
「貴様ら……」
 長谷部はばんと机を平手で叩き、肉皿を持ち上げた。
「余計なことを言っている暇があったら肉を食え肉を!」
 と怒りながらものすごいスピードで各人の取り皿に肉を入れ、空いたホットプレートに肉を置いていく。
「おい、タン塩をたれにつけるなよー」
「ハツは苦手だって言ってるのに」
 不満囂々の卓だったが、「黙って食え!」と長谷部が一喝する。当然長谷部の小言一つで黙る彼らではない。主に飲み物を勧めたり雑談を振ったりと賑やかにパーティは進む。

 そんな中、主はふと長谷部の様子が気になりそちらに視線をやった。
 すると一人で膨れっ面になって焼肉を焼いている長谷部がいた。
「長谷部は焼肉食べてる?」

 主が尋ねると長谷部は顔を真っ赤にして応えた。
「ええ俺も頂いておりますよ他の連中は肉を焼きもせずに困ったものです」
 長谷部はそこまで言うと、息継ぎをするようにすううと深呼吸した。
 主と相対するときの長谷部は、いつもこうである。
 何くれと世話を焼いてくれるが早口で忙しない。


 主は長谷部の不器用な照れ隠しに気付いていた。
 そして自分はというと──。


 そして主自身はというと、長谷部が好きだった。
 ただ、主従という複雑な関係で、どうしても言い出せなかった。
 だから主は長谷部が言い出してくれるのを、今日も待っているのだ。






top

2021年2月15日

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで
現在文字数 0文字