無意味だ。
全てが無意味だ。
長谷部はバサリとベッドの上に、ジャケットを放り投げた。
ここ数日、長谷部は仕事で会社に缶詰めにされていた。爪も髭も伸び放題だった。鏡など見るまでもなく、今の自分はげっそりと頬をこけさせているだろうことは、想像に難くなかった。
そのままベッドで眠りこけてしまえばいいのに、いつもの癖でつい社内用の携帯電話を確認して、連絡が入っていないか確認する。
早速『お疲れ様です』の一文から始まるメッセージが入っていた。
その時に、長谷部の張りつめていた線が、ぷつりと途切れた。
無意味なのだ。違う、今の仕事がではなく、今の『俺の人生全て』が!
長谷部はかつて人ではなかった。何百年と存在し続けた『へし切長谷部』という刀剣の付喪神だった。
それがある時、人に恋をした。その相手は刀の取り扱いもおぼつかない小娘だった。二千二百五年、歴史改変をもくろむ陣営を相手に、政府は付喪神を顕現させて戦う方針を打ち出した。
そんな戦争に駆り出された、哀れな少女。それが長谷部の恋した相手だった。ちょっとした特別な能力がある以外は、何の取り柄もない少女だった。しかし長谷部にとって、彼女は自分に肉体を授けた特別な存在だった。
長谷部は一番になりたかった。自分に肉体を授けてくれた、彼女の一番に!
けれどそれは叶わなかった。
ある日突然戦争は終結し、長谷部の本拠地である本丸は解体処分をされた。そうなる時まで、長谷部の口から終ぞ少女に好意を伝えることができなかったのである。
しかし長谷部は少女を諦めきれなかった。
本丸から去っていく少女の背を追えなかった長谷部は、本丸の片隅でひっそりと腹を切り、自害した。
少女と別れ別れになったことを悲嘆したわけではない。
少女と来世で出会えることを願って、死んだのだ。
そして、長谷部は生き続けた。
時として人でない時もあった。人である時もあった。
どんな生でも、長谷部は少女への想いを、渇望を、忘れたことはなかった。例え少女が昔と見目が異なったとしても、必ず見つけ出してみせる。そう思い、長谷部は生き続け、死に続けてきた。
しかし、今の生もどうやら無意味なようであった。
ぐらりと長谷部の手元が揺らぎ、携帯電話がベッドの上に落ちる。
少女を求めて、何度目の生だろうか。
少女が手に入りさえすれば、こんな会社になど未練はない。
終わりの見えない仕事に、意味を見出せない人生に、長谷部は疲れてしまった。
出口の見えない隧道を歩いているようだった。
「俺はあと何回死んだら、貴方の元へ辿り着けるのですか」
ぽつりと、長谷部の唇から、そんな言葉が漏れた。
あの日。
本丸が解体され、少女が、主がいなくなったあの日。仲間の静止など振りほどいて、少女を追えなかったことだけが、長谷部にとって唯一の未練なのだ。
開け放った窓辺で、カーテンが静かにはためいていた。
2021年2月1日
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