日常

 長谷部の主はいつも素敵に着飾る女人だ。
 そんな主の帰りを、長谷部はいつも今か今かと待っている。審神者とはまた別の仕事を兼業でこなす主は多忙で、いつも疲れた様子で戻ってくる。
 主が戻ってくる一時間前になると、長谷部は玄関先で跪いて祈りを捧げる。今日も主が無事に帰ってこられますように、と。
 キィ、と扉が開く音がすると同時に、長谷部は立ち上がる。
「おかえりなさいませ、主!」
 顔を上げた長谷部が、トトト、と主に駆け寄る。満面の笑みで主の上着を甲斐甲斐しい動作で預かり、ハンガーにかける。
 主は服を着替えに別室に行く。すぐにエプロンをつけた普段着の主が部屋から出てきた。これから主が自分と長谷部の分の夕飯を作るのだ。
 主は慣れた手つきで手早く炊事をこなし、食卓に料理を置いていく。そんな主を、長谷部は静かな瞳で見守った。
 料理が揃ってから、主と長谷部は食卓の前に座り、「頂きます」と声を揃えた。
「今日の唐揚げは絶品ですね」「この味噌汁も、出汁が効いていて美味いです」
 長谷部はニコニコと主の料理を賛美しながら、どんどん料理を平らげていく。先に長谷部が食べ終わってしまったが、長谷部は正座したまま主が食べ終わるのを見守っていた。

 主も夕飯を食べ終わると、長谷部はすっくと立ち上がった。主と自分の皿を手早く纏め、両手で洗い場に持っていく。
「俺が洗い物をしておきますので、主はお先にお風呂にどうぞ。ちょうど今焚き上がり時です」
 長谷部がそういうと同時に、ぴぴっ、ぴぴっと風呂場から焚き上がった音が響いてきた。
 しかし主は仕事の疲れと満腹感で、その場から動くのを躊躇ってしまった。しばしテレビを見てぼうっと時を過ごす。洗い場からは水音と食器が擦れ合うかちゃかちゃという音が聞こえてくる。何だか幸せだな、と主が噛み締めていると、水音が止んだ。
「主、まだ風呂に入っていないのですか?」
 長谷部が悲しそうな顔で主を覗き込む。せっかく主にちょうど良い温度で風呂を焚いたのに、これでは冷めてしまうことを危惧していた。
「主、風呂上がりには洗い立てのふわふわなバスタオルが用意してありますよ? みかんゼリーもありますよ?」
 長谷部の言葉に主はくすりと笑う。全部私の好きなものじゃないかと。
 重い身体を持ち上げて、入浴するために主は起き上がる。
 するとこれほど嬉しいことはないと言わんばかりに、長谷部は顔を綻ばせるのだった。






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2021年1月28日

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