わるいこだれだ

「終わっちゃったね」
 執務室でクッションを抱えながら、私は長谷部と映画を見ていた。私は映画の余韻に浸りながら、隣に座る長谷部に言う。
「左様ですね」
 長谷部は特に何の感慨もなさそうに頷く。そしてそのまま長谷部は立ち上がった。映画を見るために暗くしていた部屋の明かりをつけるためだろう。
 私はぎゅっとクッションを抱き寄せながら、映画の内容を反芻する。映画は重い病を抱えた少女と、少女に恋をした男の子の物語だった。思い合う二人だったが、病のせいでどんどん瘦せ衰えていく少女を、男の子が涙ながらに支え、映画のラストシーンでは、病床で男の子や両親に見守られながら、少女は亡くなってしまう。最後に残された男の子は、女の子のために生きていくことを選ぶのだ。そのひたむきさに私は感動を覚えていた。
「ねえ長谷部」
 私は長谷部の背に向かって、声をかける。もしも私が長谷部より先に何らかの事情で死んでしまったら、長谷部がどんな反応をするか知りたくて。
「もしも主が俺より先に死んだら……、などと言わないでくださいね」
「えっ」
 長谷部は私に背を向けたまま、部屋の明かりをつけた。
「なんで私が言おうとしたこと、わかったの?」
 私が問うと、長谷部は振り返り、ふっと笑って見せた。
「主とお付き合いして、何年経ったと思っているのですか? 主がこういった類のものに感化されやすいのは、俺も存じておりますので」
 むっ。長谷部に何もかも見通されているのが、少し癪に障ったけれど、その通りなので何も言い返せない。
 長谷部は飲みかけのコップや、開いたポップコーンの袋を回収する。
「こちらはもうよろしいですか?」
「うん。今日はもうおなかいっぱい」
「今の時間からおなかいっぱいと言っては、厨当番の連中が泣いてしまいますよ」
「おやつは別腹なの」
「左様ですか」
 私の返答に長谷部はクスリと笑う。
「それで? 長谷部は私の方が先に死んだらどうするの?」
 先程は言うなと言われたけれど、一度気になれば聞いてみたくなるもの。怖いもの見たさで聞いてみる。
 すると長谷部は、笑みをすっと引いて真顔になる。
「それは言わないでください、と言いませんでしたか?」
「いいじゃない、気になるの」
 はあ、と長谷部が溜息を吐く。
「……主は言霊というものをご存じないのですか?」
「存じ上げております!」
「審神者なのですから、もう少し自覚を持ってください」
「はーい」
「良いお返事ですね」
 長谷部の大きな手が、私の頭を優しく撫でる。二人きりの時だけたまにしてくれるのだけれど、これも悪くない。大きな手が頭から離れると、長谷部の真顔がグイっと近付いてきた。

「そうですね。先ほどの問いにせっかくですから、お答えしましょうか。『許さない』です」
「許さない?」
 ええ、と長谷部は頷く。
「俺達刀剣男士は神でもありますが、消耗品でもあります。その消耗品を置いて先立たれるなど、あまりにも俺が不幸だとは思いませんか?」
「消耗品なんて言い方しなくてもいいじゃない」
 あまりにもひどい言い草に、私は思わず反論する。しかし長谷部は頑として首を縦に振らなかった。
「いいえ、消耗品です。子の本丸にへし切長谷部は俺一人しかおりませんが、戦場で、鍛冶場で、数多のへし切長谷部が打たれては俺に習合されます。俺が戦場で生を全うできたとしても、主の元には別のへし切長谷部を迎え入れることができる。ですが貴方はそうではありません」
「長谷部……」
 長谷部の表情は真剣だった。私の戯言に、長谷部は真剣に怒っているのだ。
「貴方はこの世でたった一人の存在なのです。他でもない貴方こそが特別な存在なのです。ですがそんな主に置いていかれたら、俺はどうしたらよいのですか? 付喪神にあの世はない。俺は貴方に追いすがることさえできない。そんな孤独に、貴方は俺を追いやろうというのですか? あまりにも残酷すぎます」
「……ごめん」
 そうだった。長谷部は前の主に死別され、悲しんだ過去がある。それなのに、想起させるようなことを言うなんて、私はどうかしていた。
「ですから」
 長谷部が顔を近付ける。長谷部の吐息が鼻先にかかる。
「俺より先に主が死ぬなどと、もう二度と言わないでください。そんなことは俺が許さないし、口にすることも許しません」
「うん……」
「許すのは一度のみですよ。いいですね?」
「わかった。本当にごめんね」
 長谷部がチュッと私の唇を吸う。そして「良い子ですね」と言って、私の肩を抱き寄せるのだった。






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2022年10月14日

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