ある雨の日

 雨が降り出していた。「せっかくのお休みなのに、雨だね」
 私が呟くと、隣にいた長谷部が「そのようですね」と返した。
 もしも雨脚が弱ければ万屋にでも出かけようと思ったけれど、外から激しく降り頻る雨音が聞こえてくる。今日は私だけでなく、本丸中全員に非番を言い渡している。しかし隣の長谷部は執務室にいる私の側で武装も解かずに正座している。
 私は長谷部と恋仲だ。私の方から長谷部につい先日告白したばかりで、まだぎこちない仲だ。長谷部は私の一番になることを渇望していたらしい。告白した際、そんなことを言っていた。長谷部は、本当に私のことを好きなのだろうか。
「ねえ、長谷部……」
「はっ」
 ほら私が話しかけても畏まった返事をする。
『私のこと、好き?』そう言いかけて、慌てて口ごもる。
 そして長谷部に「そんなに畏まらなくていいよ。せっかくのお休みなんだし、もっとゆっくりしましょうよ」と言う。
「ですが俺は主に近侍を任されております。いつ如何なる時でも敵襲に備えているべきかと」
「そう……」
 頑として首を縦に振らない長谷部に、私は説得を諦めることにした。長谷部の実直さもまた私にとって好きなところだからだ。
「長谷部は私のことをどう思っているの?」
 私がそう尋ねると、長谷部は「それは……」と困ったように顔を伏せた、やはり主である私が付き合いたいと言ったから、長谷部は私との恋人とも言えない関係に付き合ってくれているのだろうか。
「私は長谷部が好きだよ」
 ぽつりと顔を伏せている長谷部に向かって呟く。そして私も長谷部と同じように顔を伏せた。
「……申し訳ありません」
 長谷部の消え入りそうな声に、私は肩を落としそうになる。やはりこんな関係、私の独りよがりだったんだ。
 しかし長谷部の次の言葉で、思わず顔を上げた。
「結婚をする前の男女の仲がよくわからず、主をご不安にさせてしまい、申し訳ありません。いずれ結婚した暁には、必ずや主を幸せにしてみせます」
「長谷部……」
 まさかそこまで私との関係を真剣に考えてくれているとは思わなかった。
 生真面目な長谷部だからこそ、私との関係を深くすることに違和感を抱いていたらしい。
「結婚はまだ早いよ、まずは仲良くなるところから……ね?」
 私は自然と笑顔になっているのが分かった。長谷部もまた安堵した様子で顔を上げて、私に「はい」と頷いてみせるのだった。






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2022年9月25日

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