合間の幸福

 ある日のこと、主は山のような仕事を終えることができた。部屋の外は日が落ちてすっかり暗くなり、そろそろ夕餉の時刻が近付いている。つい無精し、審神者の執務室でぐったりと寝そべっていた。
 そこへ「失礼致します。長谷部です」と長谷部が障子の向こうから声をかけてきた。
 もはや主は体を起こす気力もなかった。力ない声で入室を許可すると、長谷部がすっと障子を開けて入室する。長谷部は目を見張って主を見て、膝を折ってにじり寄ってきた。
「主、どうされたのですか。体調が悪いのですか?」
 主は素直に「今日の仕事が多くて疲れてしまった」ことを長谷部に告げた。心配そうな表情の長谷部自身もまた、一日中戦場に駆り出されて、先程手入が終わったばかりだ。
「主も御疲れだったのですね。気遣いなく入室して、申し訳ありません」
 長谷部は殊勝に頭を下げた。
 主は遡行軍との連戦で長谷部が深手を負い、手入が完了したのがほんの数分前だったことに気が付いた。
 例え手入で完全に損傷が修復されたとしても、長谷部自身の負荷を考えると、すぐにここまで来るのは辛かろう。ならば何故手入部屋から遠い執務室へ来たのか。
「長谷部はどうしてここに来たの?」
「主に……主にお会いしたかったのです」
 主は長谷部の言葉に目を瞬かせた。普段の長谷部は自分の感情を素直に表現することが、ほとんどなかったからだ。そして長谷部は「手入部屋でなかなか寝付けず、主がどうされているかばかり考えていた」と一息に言い切った。そして主を見つめている。主は……。
 気が付けば主は自然と長谷部に腕を伸ばし、長谷部を抱き寄せていた。
「あ、主…?」
 長谷部も戸惑いながらも、おずおずと抱き返す。
 主も本当は長谷部のことが心配だった。しかし鳴りやまない政府からの出陣要請、部隊への指示で忙殺されていた。長谷部に会いに行く余裕など、全くなかった。
 主は長谷部の肩に顔をうずめた。すっかり綺麗になったはずのカソックから、わずかに鉄の臭いを感じた気がした。先程まで、長谷部のカソックは敵に切り裂かれ、ボロボロになっていたはずだ。
 長谷部自身もまた重傷を負い、目も当てられぬ状態だった。
「長谷部が帰ってきてくれて、よかった」
 主がそう呟くと、長谷部も主の頬に頬を摺り寄せた。
 戦いは日々膠着状態が続き、政府から厳しい報告が連日届けられる。
 それでも、日常のわずかな隙間に、こうして互いに触れ合える存在がいることに、長谷部達は救いを見出していた。






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2020年11月22日

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