御目出度い日

 元旦。今年は年を越した気分にはなれなかったと、主はこたつでくつろぎながら思う。何故なら、初詣をしていないからだ。普段はこの時期になると万屋街にある大きな神社に初詣に行き、年越しをすることになっていた。
 けれど昨年末から発生した政府の転送設備の大規模な不具合により、本丸の外に出ることができなくなった。出陣も遠征もできず、皆で飲み食いしようと取り寄せていた蕎麦も酒もごちそうも、全て届かなくなっている。つまりはただの休日ということだ。すると一緒にこたつで寛いでいたものが声をかけてきた。
「退屈ですか?」
 長谷部だった。長谷部もまた第一部隊の隊長として、年末年始は出陣で大忙しのはずだったが、それができなくなり暇な私に付き合ってくれているのだ。先程までは長谷部が昔語りやかるた取りをしてくれたが、それが一通り済んでしまうと、退屈になってしまった。
「長谷部は退屈じゃないの?」
「いえ、主とご一緒できる光栄、全身で噛みしめております」
 片手を胸にあて、きりっとした顔で長谷部が答える。別にそこまでのことじゃないと思うんだけど……。と私は内心で困惑する。長谷部を顕現させてから二年が経つが、長谷部のこの大袈裟な物言いはいつも私を困惑させる。
 すると黙り込んだ私に、長谷部が悲しそうに眉を下げた。
「俺では主の話し相手は務まりませんか」
「そんなことないよ!」
 私が力を込めて否定すると、長谷部は驚いたように目を瞬かせた。私は長谷部が異様に持ち上げてくる癖が苦手だった。何故なら私は長谷部が思うほど偉くない。できるならもう少しフランクに接してもらいたいけれど、よほど信頼関係を築かないと、長谷部が心を開いてくれることは難しいと、多くの審神者の先輩から聞いた。
 だから私は当分の間、長谷部の言葉にむずむずしながら耐えなければならないのだ。
「長谷部はそのままの長谷部でいいよ」
 と独り言のように、こたつの上の蜜柑を見ながら私はつぶやいた。
「それは……どういう意味でしょうか」
 長谷部が困惑した様子で私に問う。本当に私の言っている意味が分かっていないようだ。
「長谷部が好きだから、そのままでいてってこと」
「は……」
 長谷部がごくりと息を呑んだ。『好き』の意味はあえて教えてあげないつもりだったけれど、正確に意図を理解してくれたようだ。
「主」
「何?」
「今の俺は、まだ修行にも出ぬ身です。その、主のお言葉に応えるわけには参りません」
「そっか……」
 生真面目な表情の長谷部の唇から紡がれる言葉に、私は肩を落とす。
 本当に、真面目で少し融通が利かない男なのだ。そこが好きで、信頼してもいる良い面でもあるけれど。
「ですが、いずれ必ずや完全な俺となり、貴方を娶ります」
 長谷部の言葉に今度は私が目を瞬かせることになった。
「今じゃいけないの?」
「はい。俺がいずれ修行から戻った暁には、婚礼の儀を執り行ってください」
「今でいい」
 長谷部の方に腕を伸ばしてみると、長谷部はそっと手で動きを制してきた。
「いけません。俺が完全な俺とならなければ、貴方を娶ることなどなりません」
「けち」
「ご容赦ください」


 そんなやり取りをした翌日、政府の転送設備が改修され、エラーが解除された。
 それと同時に、長谷部が私の部屋にやってきた。
「本日は、大事なお願いがあって参りました」
 と。




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2021年2月4日

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