お仲間

 かたん、たたん、と、列車が揺れる。
 列車は三両編成のこじんまりとしたもので、乗客の姿は私達以外に見えない。静かでゆったりとした時間が流れている。
 座席は十人掛けの横長の椅子だ。長年乗客を支えたため、紅色の長椅子は少しくたびれてしまっている。
 そんな座席の端に、私は座っていた。眼前にへし切長谷部が吊革に掴まって立っている。黒いカソックが電車の揺れに合わせてひらりと揺らめく。
 私は政府からの依頼によって、現世に訪れていた。とある山奥の廃村で歴史遡行の形跡があったとのことだ。政府が派遣した調査部隊によって遡行軍は殲滅された後で、歴史遡行で発生した時空の歪を治めてほしいということだった。
 私は目の前の長谷部を見上げる。
 長谷部はほんの少し唇を緩めて、窓の景色を見ているようだった。何かを見つけては興味深そうに外の景色に視線を送っている。
 長谷部が何をそんなに面白そうに見ているのか気になった。私も窓の外に視線を送る。
 一面に海が広がっていた。鮮明な水色の空とコバルトブルーの波が水平線で溶け合っているかのようで、空と海の境目が見えない。上空を優雅に鳥が飛んでいる。カモメだろうか?
 視線を元に戻すと、長谷部がにこやかに私を見ていた。
「何?」
「いえ、熱心に外を見ておられるなと思いまして」
「それは長谷部がでしょう?」
 悪戯っぽく笑ってみせると、長谷部は照れたようだった。いえ、とか、そんな、とか言いつつ、結局自分が窓の外を眺めていたと白状した。

「あまりに景色が見事だったもので、つい気を取られてしまいました。これからは主の護衛である自覚を持って、より……」
「待って、注意したんじゃないよ。ただ長谷部が楽しそうだったから、ちょっとからかっただけ」
 長谷部の話が長くなりそうだったので、慌てて遮る。
「左様、ですか」
「そんなことより、座ったら?」
「いえ、護衛として即時対応するためには……」
「座って、長谷部」
 ぽんぽんと私の隣を手で示す。長谷部は観念した様子で遠慮がちに椅子に腰かけた。
 ぎ、ぎぃと音を立てる椅子に戸惑っているようだった。
「こんなアンティークな代物がまだ残っているなんて、思いもしなかったわ」
「この列車はそれほど古いものなのですか?」
 私の言葉に長谷部が驚いた様子で身を乗り出した。
「そうだよ。列車なんて今時ほぼ使われていない珍しい物だから、これもずいぶん昔からあるものみたいだね。今時は観光名所やよほどの僻地でしか使われていないらしいよ」
「ああ、だから“これ”も喜んでいるのですね」
「え?」
 長谷部の思わぬ言葉に首を傾げる。
「俺達が“これ”に乗った時、『乗ってくれてありがとう』という声が聞こえました。きっと乗客を待ちわびていたのでしょうね」

 長谷部が優しい動作で長椅子を撫でる。緩んだ長谷部の横顔を、日の光が照らす。
「物は使われてこそ、ですよ」
 首を傾げたままの私に、長谷部が意味深に微笑む。長谷部の背後では先程と変わらず海が鮮やかに広がっていた。




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2020年10月6日

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