四季の折々

夏の花火 長谷部編

 夜。
 名前が2205年から持ち込んだ家庭用花火を、刀剣男士達は庭で囲んでいた。

 酒を飲んでへべれけに酔っている連中も多く、もはや宴会なのか花火なのかよくわからない騒ぎを、名前は縁側に座って、にこにこと眺めていた。
 名前の傍らには空になった徳利が置かれている。彼女も酒を少し飲んでいるようだった。
「主は参加されないのですか?」

 水差しを持ってきたへし切長谷部が声をかけ、名前の隣に座した。
 流れるような動作で湯呑に水を注ぎ、どうぞと名前に手渡す。
「最初はそのつもりだったんですけどね、ちょっとこう……酔っちゃって。混ざろうとしたら、いいから座ってろって怒られちゃいましたぁ」

 平時より舌足らずな口調で名前はふにゃふにゃと笑う。 名前は湯呑に口をつけようとしたが、手元がゆらゆらと揺れていて、危うく巫女装束を濡らしそうになる。
 済んでのところで長谷部が湯呑をそっと取り上げて、事なきを得た。
 名前の酔った場面を初めて見た長谷部は、内心動揺していた。いつもの主と違う。だが酔えば人が変わることがあるのは庭で騒ぐ連中を見れば一目連中だし、歴代の主達の宴会の様子を思い返して、名前の変化を「普通だな」と、長谷部は思うことにした。
「せっかく花火を用意してくださった主に酷い言い草ですね。連中に代わってお詫び申し上げます」

 長谷部が名前に恭しく頭を下げるも、名前は気安く手を振って笑った。
「いいんですよ~。私が花火をしたかったんじゃなくて、花火を楽しむ皆さんを見たかっただけですから」
「それでも、主催者の主が一人で呑んでいては、寂しいでしょう。よろしければ俺と一緒に線香花火をしませんか?」
「線香花火ですかあ。長谷部さんはこういうじれったいの苦手そうですね」

 ずばりと名前が言い切る。
 事実長谷部は消えゆく炎をまんじりともせず見続ける線香花火に、存在意義を見出せなかった。
 無意味なものは嫌いだが、名前がそこに加わるだけで、長谷部にとって意味のあるものに変わるのだ。
「どんなものでも、主とご一緒できるなら良いものです」
「そうですか?」
「ええ、もちろん」

 線香花火などちっとも楽しくなさそうだが、己の言葉に嘘はない。
 どれほど無価値でつまらないものでも、名前さえいてくれればいい。
「じゃあ、やりましょうか。どうぞ付き合ってください」
「はい! 喜んで」

 覚束ない足取りで立ち上がろうとする名前に長谷部がそっと手を差し出すと、彼女は何の躊躇いもなくその手を取った。
 長谷部はその掌の熱さに目を丸くしていたが、名前はご機嫌そうにへらへらと笑って、早くやりましょうと促すばかり。

 名前の頬が朱色に染まっているのが、酔いのせいなのかそれとも別のものによるものなのか、長谷部には判断つきかね、ただ名前の顔を見つめるばかりだった。

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刀さに企画「きみがため」様へ提出したものを加筆修正致しました。
(加筆修正:2019年4月30日
初出:2016年2月28日)

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